秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。

どうしてですか、とストレートに聞かれて口ごもる。

「それは・・・」
「一ヶ月前には描けていた筈の絵が描けない。それはどうしてですか?」
「・・・・辛いからです」

辛い。描く事が辛い。こんなにも高人さんの記憶と強く結びついた”食べ物の絵を描く”という行為が、私は。

「ペンを握ると、絵を描いていると、雪谷食品の食べ物を眺めてると、高人さんの事ばっかり考えちゃって、全然絵を描く事に集中出来ないんです・・・っ!それで、苦しくてたまらなくなるんです。それに、こうしている今だって、」

自分でも分からない何かを言いかけて、今まで反らしていた焦点を秋世さんの顔に合わせる。

──・・・本当にそっくりだ。怖いくらい。


高人さんの事を忘れたいなんて微塵も思っていない。これからも、高人さんとの幸せな記憶を抱いて生きていく覚悟だ。

それでも、今はまだ辛い。

矛盾している事くらい分かっている。でも、耐えられないものは耐えられない。


「秋世さんとこうして顔を合せている今だって辛いです。・・・だって似てるんです。それで本物の高人さんに会いたくなって、でももう会えない現実に傷ついて、だから・・・っ」

涙が溢れて邪魔をして、そこから先の言葉を紡ぐ事は出来なかった。

「四宮さんの言い分はわかりました」

そう言って秋世さんが椅子から立ち上がり、必死で涙と嗚咽をこらえようとする私の前に立つ。
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