秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。
ズボンのポケットの中で、携帯が着信で震えたのが分かった。
──着信 藤代那月
携帯を取り出して確認したその着信相手にハッとする。近いうちに連絡を入れるつもりが、すっかり忘れてしまっていた。
急いで受信ボタンを押して携帯を耳に当てると、すぐに那月の声が応えた。
『飛翠、今どこにいる?』
いつもよりワントーン低い那月の声に思わずビクッとする。咄嗟に答えられずに言葉を詰まらせた私に、那月が怒ったような声で続ける。
『メールも返ってこないし、家電には出ないし、直接家に行ってみてもずっと留守にしてるし、どういう事だよ』
言われてメールのチェックをしていなかった事に気がつく。それに私は今東京にいるわけだから当然福岡の自宅の電話に繋がるわけもない。
「ご、ごめん・・・」
『謝って欲しい訳じゃない。どういう事か説明しろって言ってんの』
那月の言い分はごもっともだ。
申し訳なさに胸を痛めながら道の脇に移動し、私はこれまでの事情を那月に説明した。
高人さんが亡くなった事。
高人さんが実は雪谷食品の次期社長であった事。
それを知らせてくれた高人さんの弟に半ば騙されるようにして東京に連れてこられてしまった事。
依頼された仕事の事。脅されているせいで福岡に帰る事が出来ない事。