秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。
「ほんっとに、怖い人なの!さっきだって・・・」
そこまで言って、さすがにソファの上で覆い被さられた事を那月には言えないと口をつぐむ。
「とにかく私は不本意なの!」
『わ、わかったから落ち着け。いや、俺も状況が掴みきれてないけど…』
那月が私の状況をすぐに掴めないのは当たり前だ。
当の本人である私ですら、自分の置かれている状況を理解する事は難しかった。理解したくなかった。
『…正直まだ信じられない。雪谷さんが亡くなったって…それで飛翠は今、その秋世って男に拉致監禁されてるって言うのか?』
「それは…」
端から見ればそうなのかもしれないが、拉致監禁というにはとても環境が整いすぎているように思う。
「・・・丁寧な拉致、かも」
『はぁ?何言ってんだ。まぁいい、とりあえず迎えに行くから後で住所送っといて』
「えっ」
”迎えに行く”という言葉に驚いて声を漏らす。
「でも、駄目だよ。秋世さん、勝手に福岡に帰ったり仕事投げ出したりしたら私の働いてる薬局潰すつもりなの」
『・・・あのなぁ、飛翠の世間知らずな所につけ込まれてるんだよ。大体勝手に東京につれていって仕事強制して帰さないって犯罪だろ、大企業の跡取りか何かならこっちからそれをネタに揺さぶってもいいくらいだ』
そんな那月の言葉を聞いて、ふっと身体の力が抜けたような気がした。
世間知らず。まったく那月の言う通りだ。どうしてそんな簡単な事が分からなかったのだろう。