秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。

「でもまだ高人さんのお墓出来上がってなくて、今帰っちゃうのは、」
『さっきからでもでもって、飛翠はその男の言いなりになりたいのか?』
「・・・・っ」

思わずハッと息を呑む。そんな訳ないそんな筈ない。福岡に帰りたいし、あんなに強引で怖い人の側で絵を描いていたくなんてない。

きっとこのまま那月にお願いすれば、那月はこんなおかしな状況を何とかしてくれる。

・・・でもそしたら、さっき思い出したあの感覚は?
高人さんの望んだ事も、高人さんが上手だと褒めてくれた絵も、一生私の中で眠り続けるの?

『飛翠は騙されてるよ。しっかりしてくれ、さっきまで雪谷さんの弟にあんなに悪態ついてただろ』

そうだ。言葉に詰まるなんてどうかしてる。
今日だって私は秋世さんに雪谷食品の為に絵を描きたくないと訴えに行った筈なのに、いざその望みが叶うとなったら急に戸惑うなんておかしい。

『・・・とにかく、後でちゃんと住所送れよ。冷蔵庫の中の駄目になりそうなものとか、郵便物は整理しといてやるから』

半ば呆れたようにそう返す那月に、ありがとうと返事をして私達は電話を終えた。






複雑な気持ちを頭に巡らせながら帰宅すると、まるで狙ったようなタイミングで電話のベルが鳴った。

慌てて靴を脱いで受話器を上げると、応えたのは秋世さんの声だった。
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