秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。
(病院へ行った方がいい?・・・ううんでも、もしもそれで絵が描けないなんて事になったら)
──亡き副社長の婚約者である彼女を起用した理由は、これから店頭に並べられる彼女の絵を見て頂ければ答えはわかる筈です。
・・・駄目だ。世間にあんな布石を打たれた私がそんな事になる訳にはいかない。
(大丈夫、大丈夫。この三枚の絵を完成させて、それでももしこれ以上症状が悪化した時、その時にちゃんと病院へかかろう)
そう内心で自分を落ち着かせて、もう一度ペンを握る。
「く・・・・っ」
痛みと痺れが混ざったような感覚に襲われて、つい声が漏れる。
でも、ペンが握れないわけじゃない。まだ全然我慢出来るくらいの違和感だ。
・・・それに。
やっと純粋に絵を描く事の楽しさを取り戻したばかりなのだ。
私の人生に残っている喜びは、もうこれだけ。
私のやるべき事は、絵を描く事。
もう戻れない。
那月と空港で別れた時、それを痛い程に理解した。
飛行機に乗れなかった事が勿論何よりの理由だが、結局の所は本能がこの仕事を手放したくないと私の足を止めたのだろう。
だから、今ここでそれを手放すような真似は出来ない。