マイナス余命1日 ※修正版
そんな経緯で始まった、私と彼の身分違いのお付き合い。
出会った当初はあれだけセクハラをかましてきたのだから、キスから始まる恋のABCなぞすぐに奪われるのではないかと、びくびくすることもあったが、した事と言えば、せいぜい手を繋いで歩くだけ。

自分の気持ちが恋かどうかは分からない。
でも、奴といると自分が進みたい夢の近道になるのではないか……と開き直った私は、積極的に奴との交流を持つようにした。

「特典がないと付き合わないでしょ」

(奴は、私の本質を着実に見抜いて実行に移したのかもしれない)

それに気づいた時、天才というのは便利なもんだな……と、悪意でも好意でもない、違う種類の感情も徐々に芽生え始めていた。
ちなみに結局、夏休み中にしたことと言えば倉庫で私が本を読む横で、最新機種のパソコンを使い何かをせっせと打ち込んでいた。
付き合う前に奴が散々ごねてた割には。

「遊ばなくて良いの?」

ちょうど夏休みの課題に取り掛かっていたので、話の流れを上手く利用して早速聞いてみた。

「夏休み、私と遊びたいって言ってなかった?」
「ええと……その……」

(何だ?)

いつもと、様子が違った。
言いたくても言えない悪口を、口に含んでいるかのようだ、と思った。

「ああ、気にしないで言ってみただけだから」

私は、そんな空気に耐えられなかったので、とっと話をぶった斬ってやった。

「…………そんな風に言わなくても……」

とぶつぶつ文句を言いながら、奴は視線を落とした。
視線の先には、分厚い本。アメリカで書かれた論文だと、奴は言った。
中学で習う英単語では到底理解しきれない専門用語が並べられている。
こういうのを見ると、奴が特別だと言われていた人物だと思いだす。
それくらい……二人だけの時間は、私も奴も自分の置かれている普通じゃない状況など微塵も感じさせない、長年連れ添った夫婦のような空気になっていたのだ。
夫婦どころか恋人らしいことは何もしていないが。

「なんか……最近おとなしくない?」
「君に嫌われたくないから」

あっさり返ってきたその言葉に、私は次にどうつなげていいか分からなくなる。

「やっと振り向いてもらったのに、これ以上嫌いって言われたら、僕死ぬしかないよ」
「それは大げさじゃないかな?」
「振られたら本当に死ぬからね」

と自殺宣言されてしまえば、何も言えなくなる。

(いや、そんな事で自殺するとか言わないで欲しい)

諸々の事情から、少々おセンチに浸りたくなった。
でも、その事情をこの段階で口にするわけにはいかなかったので

「私ってそんなに愛されてるのね」

と心にも無い……でも言ってあげると奴が笑顔になる魔法の言葉を言って、自殺という単語をすぐさま忘れさせた。
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