マイナス余命1日 ※修正版
「何?チワワって言われるのそんなの嫌?」

彼のどんどん曇っていく顔の意味をあえて読み違える。

「……もうすぐ……あんたは私と喧嘩しなくてもよくなるんだからさ、これくらい許してよ」
「そんなこと、僕がさせない」

そう言うなり、奴は私の唇を塞いだ。
ファーストキスではない。
でも、優しい、触れるだけのキス。
私のも彼のも、初めてのキスの時以上に緊張で固くなっている。
彼は自覚をしているのだろうか。
私の消えゆく命を少しでも堰き止めたいという彼の願いから来ているのだろうか。
そういう事にしておこう。
あの夏の日に認めてしまった、最後のパンドラの箱。
悔しいけど本当はずっと大好きだったのだろう。
初めて図書館で本をくれたあの日から。
キューピー人形のようだと言われた瞬間から。
一人称は僕なのに心は俺様で……誰よりも人を想いで優しい悠木清という少年。
愛しい私だけの男。
だから、今こそ私は隠していた秘密を明かそう。
すうっと大きく息を吸って、最後の告白の準備をした。

「……あんたの子どもになりたい」

この時には、もう自然に奴の名前を言えるようになっていた。

「……雪穂?」

私の事をまるで自分の配偶者に呼びかけるように、呼び捨てが板についていた。
生きる事を諦めなくなった数ヶ月は、確かに未来の可能性を信じさせ、私達の関係を幸せなものにしてくれた。

「生まれ変わっても清の隣にいたい……奥さんになるのは……年齢的にきっと難しいよね……だから子供が良いな」
「それ、どういう意味?」
「言わせるの?察してよ。天才児さん」

お互い茶化し合わないと精神が崩壊しかねないお願い。
でも、これこそが最後の願いなのだ。
奴は、私に自分の人生を捧げようとして進路を決めてくれた。
だけど、私は、私のわがままのせいで、奴の想いに応える事ができなくなりつつある。
夢の小説は、奴が見つけた出版社の人に託すことを決めた。
私の、母の生活を支えたいという幼い頃からの夢の結晶だと改めて伝えると、必ず一生遊んで暮らせるだけの金を生み出してみせると約束をしてくれた。
約束の果てを私の代わりに見守ってくれる人がいるから、私は安心して任せられる。
せめて私が恩返しするはずだった30年分の、社会人として稼ぐはずのお給料分が母の手元に残りますように。

「どうしてそんなに頑固なの」

契約を結ぶとき、傍らで苦笑いしていた彼に、私はこう言ってやった。

「私が生きている内に読まれるくらいなら、舌噛んで死ぬ」
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