お願い、私を見つけないで 〜誰がお前を孕ませた?/何故君は僕から逃げた?〜
※後半閲覧注意箇所あり
Side朔夜
手にしたものは、握りやすい棒状のもの。
持ってみて、長さは肩幅くらいだということは分かった。表面はひんやり冷たい。
重さは、想像よりは軽かった。
扉が、徐々に開いていくのを見ながら、僕は剣を持つように構える。
来るなら来い……!
微かに震える手を、どうにか押さえ込もうとしながら、僕は扉を睨んだ。
パチッとスイッチの音がする。
ぽつぽつと、オレンジ色のスポットライトのような光が部屋に差し込む。
僕がいるのは、コンクリート打ちっぱなしの壁に、重々しい程の機械が連なっているような部屋。
僕が今横たわっていたのが、学校の保健室にあるような、ベッド。
そして僕が握っていたのは、オレンジ色の光を鈍く返す、金属のパイプだった。
「そんなに怖い顔をしなくても大丈夫だよ」
という声と共に現れたのは、白衣の男性。
一度だけ、会った。
よく覚えている、その日のことは。
忘れられる、はずがない。
「ようこそ、私の研究室に」
「悠木……先生……」
凪波の主治医だと名乗った人。
まだ、公式には家族と認められないはずの僕を、自分の診察室に招いてくれた人。
あの時は、凪波の親の方が気になっていたから、そこまで気にしていなかったが……。
年齢が全く見えない、若々しいオーラが体中纏っている。
普通の生き方をしていれば、決して身につかない眼差し。
僕は、そういう人が、どういう人か、知っている。
ファンタジーのアニメーションには敵役として配置される、鉄板のキャラクター性。
目的の為には手段を選ばないマッドサイエンティスト。
パイプを握る僕の手に、自然と力が籠る。
悠木先生は、優雅な足取りで、音を立てずに中に入ってくる。
社交ダンスでも嗜んでいるのだろうか、姿勢がとても美しかった。
足元の床が見えるので、僕は急いでベッドから飛び降り、鉄パイプを握りながら、後退りをして、悠木先生から少しでも距離を取るようにした。
そうしなければいけないような気がした。
ただ、狭そうな部屋の中だったので、すぐに背中が壁にぶつかる。
片手で壁を触って材質を確認する。
ガラス……?
悠木先生は、僕とパイプ分距離を保った状態で足を止めた。
「大丈夫だよ」
何の前触れもなく、そんなことを言われた。
「何が……ですか」
「君の仕事の邪魔はしたくない……というのが、彼女の願いだからね」
悠木先生は、白衣のポケットから僕のスマホを取り出した。
スマホの画面には、あのホテルの庭にいた時間から6時間も経っていない、翌日の夜中の2時と表示されていた。
「一路君……今日も仕事があるんだろう?」
「どうして、そんなことを……」
「スケジュールをスマホで管理していてくれたみたいだからね」
「勝手にスマホを見たんですか」
「指紋認証は、相手を気絶させると簡単に解除できるから便利だよね」
そういうと、悠木先生は自分の足元に僕のスマホを置く。
「もう要件は済んだからね、返すよ」
悠木先生は、一歩二歩と後に下がり、両手を上げて、微笑む。
その目は、笑っていない。
僕は、鉄パイプを悠木先生に向けたまま、ゆっくりと腰をおろし、足でスマホをたぐりよせる。
「へえ、一路君はやっぱり足が長くてスタイルがいいんだね。私もそんなスタイルになりたかったよ」
悠木先生がさも感心したかのように言うが……。
本当はさほどおしゃれには興味がない僕から見ても、悠木先生は育ちの良さを隠しきれない、手入れが行き届いたサラブレッドのような容姿だと思った。
スマホを手にし、僕は急いで確認をする。
スケジュール、連絡帳、メール、全てを見て変わったところはなかった。
ただ1つを除いて。
「写真のデータ、触ったんですか?」
唯一残っていた、凪波の写真。
あれだけが、綺麗に消されていた。
「ああ。それが、彼女との約束だったからね」
「彼女って……凪波ですか」
「他に、誰がいる?それとも、君の彼女は他にもいるのかな?」
冗談だと、分かっていたけれど、僕は無意識にパイプを悠木先生に向かって振り下ろしていた。
「おっと」
悠木先生はその動きを正確に見切って、パイプをがっしり掴んだ。
「くっ……」
加えられた力があまりにも強く、僕は身動きができない。
「落ち着いてくれないか?君の仕事には、間に合うように要件を済ませたいんだ」
「要件って何ですか」
「その前に、このパイプを下ろしてくれないか?私は、君の敵では、ないんだから」
僕は、悠木先生の目の奥から、彼の意図を読み取ろうとした。
しかし、彼の瞳の中には硬直した闇が広がり、本音を読み取ることができない。
僕は、パイプから手を離し、二歩ほど後に下がる。
また、ガラスに背中がぶつかった。
「いい子だ。そのままいてくれよ」
そう言うと。悠木先生は、白衣のポケットから小さな手のひらサイズのカードのようなものを取り出した。
ボタンが付いており、それを押すと、
ぱっと背後が明るくなったのが分かった。
振り返ると……。
「凪波!?」
そこには、たくさんの機械の管によって繋がれた凪波の体があった。
そして、凪波の頭の半分が、脳が剥き出しにされており、透明なガラスケースで覆われてるだけの状態にされていた。
Side朔夜
手にしたものは、握りやすい棒状のもの。
持ってみて、長さは肩幅くらいだということは分かった。表面はひんやり冷たい。
重さは、想像よりは軽かった。
扉が、徐々に開いていくのを見ながら、僕は剣を持つように構える。
来るなら来い……!
微かに震える手を、どうにか押さえ込もうとしながら、僕は扉を睨んだ。
パチッとスイッチの音がする。
ぽつぽつと、オレンジ色のスポットライトのような光が部屋に差し込む。
僕がいるのは、コンクリート打ちっぱなしの壁に、重々しい程の機械が連なっているような部屋。
僕が今横たわっていたのが、学校の保健室にあるような、ベッド。
そして僕が握っていたのは、オレンジ色の光を鈍く返す、金属のパイプだった。
「そんなに怖い顔をしなくても大丈夫だよ」
という声と共に現れたのは、白衣の男性。
一度だけ、会った。
よく覚えている、その日のことは。
忘れられる、はずがない。
「ようこそ、私の研究室に」
「悠木……先生……」
凪波の主治医だと名乗った人。
まだ、公式には家族と認められないはずの僕を、自分の診察室に招いてくれた人。
あの時は、凪波の親の方が気になっていたから、そこまで気にしていなかったが……。
年齢が全く見えない、若々しいオーラが体中纏っている。
普通の生き方をしていれば、決して身につかない眼差し。
僕は、そういう人が、どういう人か、知っている。
ファンタジーのアニメーションには敵役として配置される、鉄板のキャラクター性。
目的の為には手段を選ばないマッドサイエンティスト。
パイプを握る僕の手に、自然と力が籠る。
悠木先生は、優雅な足取りで、音を立てずに中に入ってくる。
社交ダンスでも嗜んでいるのだろうか、姿勢がとても美しかった。
足元の床が見えるので、僕は急いでベッドから飛び降り、鉄パイプを握りながら、後退りをして、悠木先生から少しでも距離を取るようにした。
そうしなければいけないような気がした。
ただ、狭そうな部屋の中だったので、すぐに背中が壁にぶつかる。
片手で壁を触って材質を確認する。
ガラス……?
悠木先生は、僕とパイプ分距離を保った状態で足を止めた。
「大丈夫だよ」
何の前触れもなく、そんなことを言われた。
「何が……ですか」
「君の仕事の邪魔はしたくない……というのが、彼女の願いだからね」
悠木先生は、白衣のポケットから僕のスマホを取り出した。
スマホの画面には、あのホテルの庭にいた時間から6時間も経っていない、翌日の夜中の2時と表示されていた。
「一路君……今日も仕事があるんだろう?」
「どうして、そんなことを……」
「スケジュールをスマホで管理していてくれたみたいだからね」
「勝手にスマホを見たんですか」
「指紋認証は、相手を気絶させると簡単に解除できるから便利だよね」
そういうと、悠木先生は自分の足元に僕のスマホを置く。
「もう要件は済んだからね、返すよ」
悠木先生は、一歩二歩と後に下がり、両手を上げて、微笑む。
その目は、笑っていない。
僕は、鉄パイプを悠木先生に向けたまま、ゆっくりと腰をおろし、足でスマホをたぐりよせる。
「へえ、一路君はやっぱり足が長くてスタイルがいいんだね。私もそんなスタイルになりたかったよ」
悠木先生がさも感心したかのように言うが……。
本当はさほどおしゃれには興味がない僕から見ても、悠木先生は育ちの良さを隠しきれない、手入れが行き届いたサラブレッドのような容姿だと思った。
スマホを手にし、僕は急いで確認をする。
スケジュール、連絡帳、メール、全てを見て変わったところはなかった。
ただ1つを除いて。
「写真のデータ、触ったんですか?」
唯一残っていた、凪波の写真。
あれだけが、綺麗に消されていた。
「ああ。それが、彼女との約束だったからね」
「彼女って……凪波ですか」
「他に、誰がいる?それとも、君の彼女は他にもいるのかな?」
冗談だと、分かっていたけれど、僕は無意識にパイプを悠木先生に向かって振り下ろしていた。
「おっと」
悠木先生はその動きを正確に見切って、パイプをがっしり掴んだ。
「くっ……」
加えられた力があまりにも強く、僕は身動きができない。
「落ち着いてくれないか?君の仕事には、間に合うように要件を済ませたいんだ」
「要件って何ですか」
「その前に、このパイプを下ろしてくれないか?私は、君の敵では、ないんだから」
僕は、悠木先生の目の奥から、彼の意図を読み取ろうとした。
しかし、彼の瞳の中には硬直した闇が広がり、本音を読み取ることができない。
僕は、パイプから手を離し、二歩ほど後に下がる。
また、ガラスに背中がぶつかった。
「いい子だ。そのままいてくれよ」
そう言うと。悠木先生は、白衣のポケットから小さな手のひらサイズのカードのようなものを取り出した。
ボタンが付いており、それを押すと、
ぱっと背後が明るくなったのが分かった。
振り返ると……。
「凪波!?」
そこには、たくさんの機械の管によって繋がれた凪波の体があった。
そして、凪波の頭の半分が、脳が剥き出しにされており、透明なガラスケースで覆われてるだけの状態にされていた。