恋愛中毒
 購買のおばさんは心配して声をかけるが依枝奈には届かなかった。涙を流すとおばさんは戸惑った様子で手を上下させる。
 なんで私がこんな目に合わなきゃならないの?私何かした?もう、嫌だ。もう……。
 空回りする思考は肩に乗せられた手によって遮られる。過剰な程に反応して振り向くと1人の男子生徒が立っていた。
 依枝奈より高い身長に着崩した学ラン。透き通る茶髪は太陽の光に当たって綺麗だ。美形とまではいかないが整った顔は真っ直ぐに依枝奈を捉えていた。
 依枝奈は声が出ずにただ呆然と男子生徒を見ていた。上履きの色を見れば3年生ということが分かる。
 彼が高橋直哉なのだ。

「パン……最後の買ったの俺なんだ。あげる」

 そう言って直哉は依枝奈の体を自分に向かせ、パンを握らせた。

「風邪ひくぞ」

 濡れた髪をくしゃっと撫でて直哉は背を向けた。
 依枝奈は呆然と後ろ姿を見つめるだけだ。涙はもう止まってしまった。
 スラリとした体は華奢な様に見えるが肩を叩く手と、パンを握らせる手には意外と力があった。暫くして直哉はこちらを振り返り、ため息をついて戻ってきた。
 依枝奈はビクッと肩を震わせ、直哉を凝視する。
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