スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
明るい声でそう言い放った鳴海は、確かに肌はみずみずしく髪はうるうると輝いている。ネイルもキレイに磨かれて、表情も明るい。それに内巻きのミディアムボブにはふんわりとした愛らしさを感じる反面、秘書らしいダークグレーのスーツには皺ひとつなく、相手に清廉な印象を与える。
彼女は確かに、副社長の秘書として完璧な存在だ。
「上司の健康管理も、秘書の務めなんです」
「え……それ、どういう……?」
「副社長は、白木係長よりもお忙しいのですから」
急に啓五の存在を引き合いに出されて、陽芽子は静かに動揺した。
言葉だけだと『自分よりも忙しい人がいるのだから、忙しさを顔に出すな』と言っているようにも聞こえる。けれどそういう意味ではないだろう。
これは彼女の牽制だ。自分の方が啓五の状態をよく分かっている、という意味の。
環に話を聞いたときの微かな違和感を思い出す。鳴海は、啓五がプライベートで陽芽子と会っていることを知っていた。その場所が行きつけのバー『IMPERIAL』で、その曜日が火曜日であることまで把握していた。
だからあの日、鳴海は啓五に用事があると装って店まで様子を探りに来た。あるいは邪魔をしに来たのかもしれない。
けれど既存会員の紹介がない鳴海は、店の中に啓五がいるのかどうかを確認できないうちに追い返されてしまった。実際には陽芽子も啓五も去った後だったが、陽芽子が入れる場所に自分が入れなかったのは、よほどショックだったはずだ。
だから彼女は手段を変えた。陽芽子や陽芽子の部下をじりじりと蝕んでいた無言電話から、さらに激しいクレーム電話へと攻撃方法を切り替えた。
考えてみればタイミングは申し分ない。鳴海がIMPERIALで門前払いされたのが火曜日で、クレーム電話が始まったのは水曜日だった。