スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
秘書が帰ったのは知っている。たった今、そこで会ったから。それどころか宣戦布告されて、わかりやすく蔑まれたのだから。
でも陽芽子の個人的な感情など、今はどうでもいい。
「副社長に、お願いがあるんです」
陽芽子の懇願に、啓五が『何?』と語尾を上げた。そのいつもと変わらない口調を耳にするだけで、啓五がすぐ隣で笑っている姿まで想像できてしまう。陽芽子を褒める優しい声も、瞳も、指使いも思い出してしまう。
けれど今は、そのすべてを思考の外へ追い出して。
「以前、私がビリヤード勝負で勝った際に、何でも一つお願い事を叶えてくれると仰いましたよね?」
『言ったな』
「その時のお願い、聞いて頂けますか?」
『いいよ?』
気取られないように、悟られないように『上手く』話を運んでいく。啓五の優しさに付け入ることが卑怯だと理解している。けれど陽芽子には守らなくてはいけないものがある。
「日付はいつでも構いません。平日の11時か17時のどちらかで、秘書の鳴海さんと一緒にお客様相談室へお越し頂きたいんです」
『……鳴海と?』
「ええ。ですがその事を、鳴海さんには事前に伝えずに」
『日付は指定しないのに、時間は指定すんの?』
「はい」
怪しい、と感じるだろう。
言っている陽芽子自身も怪しいと思う。
その証拠に、陽芽子の言葉を聞いた啓五も押し黙ってしまった。
『……なに企んでんの?』
瞬き三回分の時間を空けた後で探るように訊ねられたが、
「詳細はお越し頂いた際にご説明いたします」
とだけ伝えてやり過ごす。
啓五はきっと、そこまで鈍感ではない。自分に、そして自分の秘書の身に何かが起こることは予知していると思われる。それでも陽芽子は引き下がらない。これで駄目なら別の手段を考えるしかない。