スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
『……わかった。スケジュール調整する』
再度時間を空けて考えた末、啓五は陽芽子の提案を受け入れてくれた。その言葉を聞き届けた陽芽子はそっと安堵の息をつく。
言質は取った。これで下準備は整った。あとはスケジュールを調整したものの、三週間先まで予定が埋まっていた、とならないことを祈るばかりだ。もしそうなったらみんなでその期間を乗り切るしかないのだけれど。
『陽芽子』
そんな事を考えていると、受話口の向こうから啓五に名前を呼ばれた。
電話をしているので当たり前だが、すぐ耳元で名前を呼ばれるとなんだか気恥ずかしいような、照れくさいような気分を味わう。
『仕事の時間、終わってるだろ?』
「……はい」
『しかもこれ、俺のプライベートの番号なんだけど』
「申し訳ございません。仕事と私事を混同いたし……」
『いや、そうじゃなくて』
陽芽子の言葉を遮った啓五が、一度言葉を切った。何か失礼なことをしてしまったのか、それともやっぱりお願い事は聞けないと話を覆されるのかと身構える。
『名前で呼んで』
しかしひと呼吸置いて呟いたのは、啓五の小さな要望だった。
甘やかな色を含んだ声に、心臓がどく、と音を立てる。直前まで頭の中にモヤモヤと浮かんでいた鳴海の顔が瞬く間にどこかへ消えていく。
『陽芽子から電話してくれたと思って喜んだ俺が、馬鹿みたいだろ』
そんな台詞を聞くだけで、啓五のつまらなさそうな顔まで想像できてしまう。距離を置かれることが面白くないと不機嫌になることも、もっと傍にいたいと願う心情も透けて見えてしまう。だから。
「……啓五くん」
『うん』
陽芽子は言われた通りに名前を呼んだだけだ。他には何も言っていない。それでも啓五は安心したように満足げな声で頷く。
それきりお互いに無言の状態が続いてしまう。けれど不思議なことに、静かな沈黙の居心地は決して悪いものではなかった。