スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
陽芽子の提案はあっさり断られたが、心のどこかで啓五の経営者としての素質にホッとする。上に立つものはその見極めを間違えてはいけない。与えられた業務や任務を、決められた範囲から逸脱することがないように管理するのも上司の務め。
だからこの判断は想定の範囲内だ。
「わかりました。それではこちらで対処いたします」
それでも陽芽子は、啓五をしっかりと利用する。自分でもお客様相談室の『魔女』の呼び名に相応しいずるい振る舞いだと思うが、綺麗ごとでは大事な部下を守れないことも知っている。
目礼を残しその場でくるりと踵を返す。
「春岡課長」
そしてそのまま、少し離れたところで様子を窺っていた春岡へと足を向ける。
「申し訳ありませんが、やはり課長にお願い……」
「……陽芽子」
歩き出した瞬間、啓五に手首を掴まれて行動を制限された。同時に放たれた声の低さと鋭さに、一瞬背中がふるっと痺れる。
けれど危険な微熱はすぐに追い出してしまう。今は、啓五の感情にあてられている場合ではない。
(やっぱり、乗ってきた)
思惑通りだ。啓五は春岡を必要以上に敵視していることは理解していた。彼は陽芽子の上司を『恋敵』だと思い込んでいる。陽芽子が既婚者である春岡に想いを寄せていて、報われない片想いをしていると誤解している。
もちろんそれは啓五の勝手な勘違いで実際にそんな事実はないが、彼の中ではそういうことになっているらしい。
だから啓五では話にならないと態度を翻して春岡を頼る陽芽子の姿は、さぞ面白くないことだろう。