スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
その様子を見た啓五が焦燥感を覚えて何かしらの行動に出ることは陽芽子にも想像できた。それどころか嫉妬心に火がついて、マニュアルや常識という規範を刹那的に飛び越えてくれることを期待した。
その反応は予想以上だった。
腕を掴まれたので振り返ってみると、啓五は端正に整った顔を苦々しく歪ませて陽芽子の目をじっと見つめていた。
その顔には、自分以外の男性を頼ることが面白くないとはっきり書いてある。ましてどう足掻いても達成できないお願いごとならばともなく、彼が一声命じるだけで叶えられるお願いごとなのだ。
啓五の感情を利用していることは自覚している。だから後になって、陽芽子が彼の恋心を利用したことを知られるのが怖い。今は懸命に掴んでくれるこの手を離されて、ずるくて卑怯だと言われてしまうのが怖い。
いつの間にか声を聞くだけで安心するほどに、週に一回の逢瀬だけではなくもっと会いたいと思うほどに、今すぐこの腕を握り返してしまいたいと思うほどに惹かれている。
啓五に、恋をしている。
それでも陽芽子は、逃げ出せない。守らなくてはいけないものを捨てられない。
この問題を穏便に解決すれば、部下たちはストレスや不快感から解放される。春岡の負担も軽減できる。鳴海の過ちも止めらえる。啓五も管理責任を問われずに済むし、有能な秘書を失わずに済む。
それですべてが丸く収まるなら、陽芽子が失恋するだけで終わる方がいいから。
ずるい大人でごめんね。
なんて心の中で苦笑したのに。
陽芽子が思うほど、啓五は扱いやすい男ではなかった。陽芽子が思うよりもずっと、啓五の頭の中は陽芽子のことでいっぱいだったらしい。