スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
「ちょっと」
「えっ……な、なに……!?」
陽芽子の腕を掴んでいた啓五が、急に力を込める。突然の行動に驚いている間もなく身体を引っ張られ、部屋の隅にある資料棚の前まで連れ出された。
そのまま周囲の視線を避けるようにブース側へ背を向けた啓五は、陽芽子が予想もしていなかった提案を持ち掛けてきた。
「陽芽子が俺とデートしてくれるなら、許可してもいい」
「は、はぁ……!?」
突拍子もない発言に、思わず丁寧な言葉遣いが吹き飛んで声も裏返る。びっくりしてその顔を眺めると、にやりと笑った啓五がもっともらしい言葉を並べ始めた。
「俺が言うことを聞くと約束したのは一つだけ。陽芽子に指定された時間にここに来る約束は、ちゃんと果たした」
「それは……えっと、ありがとうございます……」
「だから別のお願い事をするなら、陽芽子にも俺の希望を聞いてもらう」
啓五の言い分は正しいと言えば正しかった。ビリヤードの勝負に勝った褒美として啓五にお願いしたのは『鳴海秘書を連れて指定する時間にお客様相談室を訪れる』というもの。その願いは確かに叶えられた。
しかし陽芽子は、それ以上の要求を啓五に持ち掛けた。職域の範囲を超えて、許容以上の要求をしているのは陽芽子の方だ。
「よくわかんねーけど、陽芽子は鳴海を電話に出したいんだろ? それを許可するかしないかは俺が決められる」
「……」
「交換条件。俺の提案を飲むなら、陽芽子の追加のお願いも聞いてやる」
陽芽子の行動や考えの仔細がわからずとも、彼なりに状況を理解しようとしているらしい。
もちろんお客様相談室で起きている現状はこれから説明するつもりで、今はまだ理解していないのだから、あまり深刻に考えていないのは当然だ。けれどそこに、陽芽子との次の約束を絡ませてくるとは一切思っていなかった。