スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない

 啓五にそう言われては、鳴海も拒否は出来ないだろう。副社長秘書である彼女の立場と本来の役割を考えれば、さほどの無理難題ではない。むしろ上司の代わりに秘書が電話に出るなど茶飯事だ。

「……承知いたしました」

 数分前まで要求を飲まない方向性で話していたのに、急に意見を翻してきた啓五に鳴海の表情は不満げだった。

 しぶしぶと承諾した鳴海の様子を確認すると、陽芽子も応対中の夏田のブースの脇に立つ。デスクの角を指先でトントンと叩くと、夏田が話をしたままの状態で顔を上げた。お互いに視線を合わせ、無言で頷き合う。

「お客様。ご不便をおかけいたしまして、大変申し訳ございません。それでは、上の者の代理とお電話を交代させて頂きますね」

 会話の流れとして不自然ではないところまで話を聞き届けた夏田が、タイミングを見計らって応対者の交代を提案する。激昂していた鳴海の兄も上席が出るという提案に満足したのか、暴言を吐きつつもすぐに了承してくれた。

 予備のブースに鳴海を座らせると、付属のヘッドセットを手渡す。そのまま周辺設備の簡単な説明をするが、そこまで難しいことはない。お客様相談室と言えど、受話器ではなくマイク付きヘッドセッドであること以外、普通の固定電話とモノは同じだ。

「……お電話代わりました」

 準備を終えて緊張の面持ちで保留を解除した鳴海の一言目は、たったそれだけだった。

 隣にいた鈴本と向かいにいた芹沢が失笑した声が聞こえたが、陽芽子はこっそりと頭を抱えた。

『あのさぁ、出るのおせーから! なんで上司に代わるだけで何日もかかるンだよ!?』
「っ……!」

 案の定、一言目からひどく激昂されてしまう。その瞬間、彼女の可憐な表情はメイクが崩れんばかりに歪んでしまった。
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