スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
でも今のは鳴海が悪い。彼女は自分の兄が余計なことを言うことを恐れたのか、自らの役職と名前を告げないという選択をした。後から考えれば、この時枕詞を挟んだ上でちゃんと名乗っておけば、相手が態度を緩めた可能性もあった。
だが『お待たせいたしまして大変申し訳ございません』の言葉もなく、自らの名を告げない相手に他人が心を開くわけがない。無意識の自己防衛という初歩的なミスが火に油を注ぐ原因になったことに、鳴海は終ぞ気付かなかった。
『頭悪いのか!? 仕事出来ねぇのか!?』
「は、ぁ!? ……!!」
一方的に暴言を浴びせられ、彼女も不機嫌な声を出した。啓五が見ていることや、陽芽子と春岡がヘッドセット越しに会話内容を聞いていること、そしてこの会話が録音されていることを思い出したらしく、鳴海は口から出しかけた言葉を一生懸命に飲み込んだ。
けれど今の一瞬のやりとりで、陽芽子は大体の状況を理解した。
恐らく鳴海家におけるヒエラルキーでは、彼女は兄よりも上に位置するのだろう。平日の日中に実家の番号から電話を掛けてくるという状況から、鳴海の兄が定職に就いていない可能性は考えていた。
もちろん在宅勤務者という場合も想定できる。だが兄の暴言に対して不機嫌な声を出す姿を見ると、鳴海は陽芽子を蔑むように、実の兄のことも見下して利用しているのかもしれない。
『ていうか、何度も言ってるけどさぁ! あの新しく発売したチョコレートはクソ不味いし、その前に言ったビールもさぁ……!』
またいつもように、商品が美味しくない、価格が見合わない、店頭に在庫がないといった、要望のない独り言を大きな声で延々と吐き出される。まるで妹から粗雑な扱いを受けて蓄積した、日頃の鬱憤を晴らすかのように。