スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
自分で言うのも自意識過剰だと思うが、部下には慕われていると思う。ただ、他部署の人は陽芽子の扱いに困っている節がある。
ボディーソープで全身を撫でながら、二週間ほど前に立ち聞きしてしまった噂話を思い出す。それは偶然耳にした、陽芽子を『毒りんごで死なない白雪姫』だと評価する女子社員からの悪口だ。その場で大きなお世話だと言ってやりたかったけれど、波風を立てたくはないので聞かなかったふりをした。
温水で十分に身体を温めて髪の水気を絞ると、良質なタオルで全身に流れる水滴を吸い取る。そんな嫌なことばかり思い出しているはずなのに、あまり気分が落ち込んでいないのは、きっと啓五のお陰だろう。
ドライヤーの轟音に紛れて、またあの甘ったるい囁きが聞こえた気がする。陽芽子の身体も反応も感情も認めてくれるような、強い眼差しと優しい言葉が。
「なんか……恥ずかしい」
あんなにいっぱい『可愛い』なんて言われた経験はない。啓五は一晩に同じ台詞を何回呟いたのだろう。気まぐれや冗談だとしても、恥ずかしくはないのだろうか。言われているこっちはかなり恥ずかしかったと言うのに。
そんな事を考えながら、髪の乾燥と簡単なメイクを済ませてバスルームを出る。扉が開く音に反応したのか、それとも最初から起きていたのか、ベッドに近付くと啓五がのそりと身体を起こした。
「陽芽子」
まだ少し眠そうな低い声で名前を呼ばれる。聞きなれたはずの自分の名前にさえ、身体がぴくっと反応してしまう。昨日たくさん名前を呼ばれた状況を、無意識のうちに思い出してしまう。
「ごめんなさい。起こしちゃった?」
「いや、いいよ。いま何時?」
平静を装いながら笑顔を作ると、啓五が時間を訊ねてきた。
改めて見回すと部屋はかなり広い造りで、ずいぶんな贅沢を味わっているのだと気が付く。
サイドボードに嵌め込まれている木製の時計を確認すれば、現在の時刻は午前十時。一般的なビジネスホテルならもうチェックアウトの時間だ。