スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
「わぁ、きれい……! 可愛い……!」
連れてこられた場所は、遠いどころか同じホテルの中にある小さなアクアリウムだった。普段は一般開放もされているようだが、閉館時間を過ぎているため客はおろか受付の人さえいない。
支配人から許可をもらっているから入っても大丈夫だと話す啓五に、陽芽子はひそかに驚いた。
しかし冷静に考えれば、いま食事をしたレストランもルーナ・グループのひとつであるグラン・ルーナ社の経営店だ。と言うことは、一ノ宮の人間ならばホテル側に多少の融通が利くのかもしれない。
「このホテルに水族館があるなんて知らなかった」
「まぁ、水族館ってほど大きくはないけどな」
半円筒状のトンネルの中で呟くと、後ろをついてくる啓五の苦笑いが反響して聞こえた。
二人の声だけが満ちる空洞は、ライトアップされた青色と水色の光で彩られている。幻想的なブルーがひしめき合う空間で悠然と泳ぐ魚を眺めながら、陽芽子はここ数日ずっと考えていた疑問をそっと口にした。
「啓五くん、怒ってないの……?」
「ん? 何が?」
陽芽子の問いかけに、啓五がゆっくりと首を傾げる。
まるで心当たりがないような仕草をされるが、陽芽子は啓五に謝らなくてはいけないことがあった。そのことはデートの日付を決めてから今日までの間に何度も何度も考えていたことで、例え啓五に嫌われても伝えなければいけないと思っていたことだ。
「ごめんね……騙し討ちみたいに巻き込んだことと、啓五くんを利用しちゃったこと」
「ああ、なんだ。そんな事?」
陽芽子は自分の都合を優先して、啓五の想いを利用した。業務においては誰も不利益を被らないように最大限の配慮をしたが、啓五の恋心を知っていて利用するという意味では最低の選択をしたと思っている。