スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
陽芽子も異動が決まって最初に担当部署を聞いたときは『クレーム処理係なんて』と絶望した。しかしいざ業務に携わってみると、電話をかけてくる全ての人間が激昂して辛辣な言葉を投げつけてくる訳ではなかった。
「あと賞味期限が過ぎた商品って食べれる? とか」
まぁ、たまに不思議な人がいるのも事実だけれど。
「なんて答えんの?」
「死なないとは思うけどおすすめはしません、っていうのをものすごく丁寧に伝える」
「ハハハッ、それはそうだ」
陽芽子の回答を聞いた啓五がおかしそうに笑ってくれるので、そっと安堵する。
啓五は陽芽子の心配をしてくれているようだが、別に無言電話やクレーム電話はさほど珍しいことではない。
もちろんコールセンターに勤務する以上はちゃんと研修を受けて、不穏な電話にも対処できるように訓練はする。けれど実際には、そのスキルを使わないまま一日を終えることも多かったりするのだ。
「啓五くん、うちの商品に対するお客様の感想って聞いたことある?」
「え……ああ、どうだろ?」
陽芽子の小さな問いかけを聞いた啓五が、顎の下を撫でながら考え込む仕草をする。けれど特には思い当たらなかったようだ。
「言われてみれば、知り合い以外はあんまりないかもな」
「でしょー?」
啓五の言葉を聞き、得意げに頷く。
クラルス・ルーナ社の商品は主にスーパーやコンビニエンスストアに卸されているが、直営店は通販サイトと系列のグラン・ルーナ本社にあるオフィシャルバザールのみ。だから良し悪しに関わらず、顧客の生の声を聞く機会は少ない。例えそれが、社長や副社長であったとしても。
「でもコールセンターにいると、そういうのちゃんとわかるんだよ。美味しかったよ、ありがとう、ってお客さんが直に言ってくれるのを聞けちゃうの」