スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
「朝食は終わってるか。ここの、美味いんだけどな」
「そうなんだ」
くあぁ、と猫みたいな欠伸を噛み殺す啓五の呟きに、感心して頷く。その台詞から彼が以前もこのホテルを利用したことがあることと、チェックアウトの時間にさほど焦っていないことが窺い知れた。
陽芽子は啓五の正確な年齢を知らないが、言動からはかなり遊び慣れた様子が感じられる。女性をホテルに誘うことに物怖じしないことからも、女性を丁寧に扱うことからも。
うーん、侮れない。
なんて苦笑していると、急に啓五の手が伸びてきた。気付くより先に腕を引っ張られ、そのままポスンと裸の腕に抱かれてしまう。
「えっ、ちょ……何!?」
「陽芽子。昨日……すげー可愛かった」
唐突に告げられた言葉に、びっくりよりも恥ずかしいの方が早かった。思わず顔が熱くなる。
「っ、あ……りがと……?」
「照れてんの? 可愛いな」
目線を合わせないように顔を背けると、つむじの辺りにくすくすと笑う声が落ちてきた。だからなんでそんなに『可愛い』ばかり言うのだろう。恥ずかしくは、ないのだろうか。
恐らく真っ赤になっているであろう顔を隠すため、さっさとベッドから降りようとした。しかし逃げようとした動きを読んでいたのか、陽芽子の次の行動は簡単に妨げられた。
「陽芽子」
名前を呼ばれて顔を上げる。
昨日、散々見つめ合ったはずの三白眼と再び目が合うと、そこに僅かな熱が宿っていると気が付いた。
「俺の恋人にならない?」
「……へ?」
ふと耳に届いた言葉に、思わず変な声が出た。
たっぷり三秒は見つめ合う。
ぱちぱちと瞬きをする。
それから思わず、笑ってしまう。
モデルかアイドルなんじゃないかと思うほどの強い存在感と目力を持つくせに、意外な冗談を言うものだから。
「えー、思ってないでしょ」
「いや……結構、本気なんだけど」
怪しい間を残したままポツリと呟く言葉に、直前まで感じていた恥ずかしさはあっという間に消えてしまう。成人男性に対して失礼だとは思うが、可愛いなぁ、なんて思ってしまう。