スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
けれど甘い睦言は、夜のまやかしだ。
「ベ……ベッドの中での言葉は、信じないもん」
いつもより少ないとは言え、お酒が入った状態だ。それについさっき恋人同士になったばかりの、まだ新しい関係でもある。だから一時の感情に任せて大事な誓いなどすべきではない。結婚がそこまで簡単なものじゃないことぐらい、啓五だってわかっているはずだ。
ふるふると首を振ると、啓五の表情がぐっと曇る。
今の彼の気持ちを疑っているわけではない。でも大事なことを、その場の勢いで決めて欲しくない。後から『やっぱりごめん』と言われることがどれほど残酷であるか、啓五は知らないのだ。
もちろん本当は嬉しい。啓五は自分本位なところもあるけれど、それ以上に陽芽子のことをちゃんと想ってくれる。そんな人からのプロポーズが、嬉しくないわけがない。
けれど。でも。
「強情だな」
想われていることの嬉しさと、いつかやってくる未来の狭間に沈んでいると、啓五が憮然とため息を零した。
「いい、わかった。それなら陽芽子が俺と結婚するって言うまで、啼かせ続けてやる」
「な……そんなこと」
ふと放たれた宣言には、背筋が凍りつくほどの冷たさと全身が焼け焦げるほどの熱が含まれていた。
「嫌われたくないから、無理矢理はしないけど」
啓五は陽芽子に強引にキスした日のことを反省しているようだった。確かに陽芽子も驚いたが、決して啓五の想いが迷惑だった訳ではないし、嫌だと思った訳ではない。陽芽子もやり返したし、話をちゃんと聞いてくれるならそれで十分なのに。
「陽芽子に相応しいのは俺だって認めるまで、頭にも身体にも教え続ける」
「え、ちょっ……」
「だから今夜は、覚悟して」
そう言い切って首筋に噛みつく啓五は、やっぱり陽芽子の制止など少しも聞いてはくれなかった。