スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
「白木陽芽子さん」
「はい」
「こちらの都合で申し訳ないが、貴方のことは調べさせてもらったよ」
「……はい、承知致しております」
将三に名前を呼ばれて、陽芽子の全身に緊張が走る。
だが告げられた内容に怒りや驚きは感じなかった。むしろ名家である一ノ宮の判断や行動としては想定の範囲内だ。手早い身辺調査だけではなく、陽芽子の意思を確認する言葉も。
「陽芽子さんは、啓五のことをどう思っているんだ? 一ノ宮の地位や財産が目当てか? 経営者の妻の座が欲しいか?」
「祖父さん」
将三の直接的な質問に、啓五が慌てたような声を出す。
「陽芽子を困らせるような事は言わないでくれ」
「何を言ってるんだ、お前は」
ムスッと不機嫌な声を出す啓五に、将三がそれ以上に不機嫌な声を出した。啓五の顔を睨んだ将三は、深く息を吐いて『いいか?』と前置きする。
「会社に直接関係ない婚姻届とはいえ、自分の名前を書く以上は全ての責任を自分で背負う必要がある。その前に自分でしっかり確認して、自分で判断しろ、といつも教えているだろうが」
将三の言う通りだ。
社長や副社長という重役に就く彼らは、書類に自分の名を記して印を押す機会も多いだろう。けれどその過程が当たり前になり、流れ作業のように署名と捺印を繰り返していると、大事な情報を見逃す可能性がある。本当に必要な確認を怠る可能性がある。
将三はその危険性を省みるために、自己判断と自己責任の重要性を説いているのだ。
改めて当たり前のことを告げられた啓五が、憮然と口を尖らせる。対する陽芽子は至って冷静だった。もちろん将三の危惧しているような事実はないが、それでも陽芽子の口から答えを聞かなければ納得などしないだろう。
「正直に申し上げますと、一ノ宮家のしきたりや作法については至らぬところばかりです」
だから陽芽子も顔を上げて『皇帝』を見据える。自分の言葉で自分の意思を示すために。