スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
「でも私は、啓五さんの傍にいたいです。啓五さんと一緒に、支え合って成長できたらいいな、と……思ってます」
「…………そうか」
陽芽子の回答を聞いた将三が、深く頷く。陽芽子の意思に満足したような、慈悲と慈愛に満ちた朗らかな笑顔と共に。
将三が傍に控えていた男性に、己の印鑑を用意するよう命じる。その準備を待つ静かな空気を、将三の小さな一言が打ち破った。
「事前に報告してきただけ、子供たちよりはマシだろうな」
クツクツと笑った将三と目が合うと、彼は目尻の皺をより深く刻んだ。
「私は息子や娘の育て方を完全に間違えたらしい。遠縁の娘と勝手に籍を入れる奴、駆け落ちする奴、結婚式に乗り込んで花嫁を奪ってくる奴、未成年に手を出す奴、政治家の子供を身籠る奴。……全部、事後報告だ」
将三に子供が五人もいることにも驚いたが、列挙された話は陽芽子の想像をはるかに超えていて、ただ絶句するしかない。首を回すと隣の啓五もしかめ面をしていた。
「え……啓五くんのお父様は?」
「……花嫁を奪ってきた奴」
陽芽子の質問を受けた啓五は、ばつの悪い顔をしてフイッと視線を逸らした。将三の話はどれも現実離れしていたが、啓五の父はそのうちの花嫁強奪犯らしい。中でもとりわけ他者への影響が大きい事案な気がする。
「お前もそういう所は誠四に似てるからなあ」
「似てないって。俺は陽芽子の意思はちゃんと尊重してる」
「本当か?」
再確認された啓五には、思い当たる節があったのだろう。
改めて問いかけられるとそのまま黙り込んでしまったので、陽芽子も急に色んな事情を思い出してそっと俯いた。
「ほら、これでいいな」
そうこうしているうちに、将三は婚姻届の証人欄を書き終えたらしい。捺印された印鑑は陽芽子が見たこともない難しい字体だったが、確かに『一ノ宮将三』と記されている。それに豪胆で重々しい筆跡は、彼が一ノ宮の頂点に君臨する証であると感じる。
たったそれだけで、ただの届け出用紙だと思ってい一枚の紙がズシリと重さを増した気がした。