スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない

りんごの蜜月カクテル


 店名であるIMPERIALは、他でもない一ノ宮将三に由来するものらしい。皇帝の名に相応しい威厳と風格を漂わせる啓五の祖父の登場には陽芽子も驚いたが、彼は意外にも話しやすくて洒落のきく人物だった。

「皇帝の隣に俺の名前を書くのか……」

 将三が退店した後でいつものカウンター席に腰を落ち着けた陽芽子と啓五は、環の前で婚姻届を開いた。環は二人目の証人欄に自分の名前を書くことは承諾してくれたが、隣にある名前を見るとひどく重たいため息を零した。

「陽芽ちゃん、親の名前じゃなくていいの?」

 環に問いかけられて『うん』と小さく顎を引く。確かにここに名前を書くことで、自分の娘や息子の婚姻を実感する親も多いだろうけれど。

「うちの両親、ほとんど日本にいないから」
「へー、そうなんだ」
「それは知らなかったな」

 陽芽子の父は大手建設会社に勤務しており、東南アジアに公共施設やマンションを建設する事業に携わっている。

 父と母は娘の目から見ても驚くほどに仲睦まじく、陽芽子が高校を卒業する頃には母も父の出向先についていくのが当たり前になっていた。よって現在地がころころと変わる二人の現在地は、娘である陽芽子も正確に把握していない。

 もちろん陽芽子が結婚するとなれば一時的に帰国してくれるとは思う。だが婚姻届のやり取りをするのは少々面倒なので、環がその役目を受けてくれるのならば願ったり叶ったりだ。

「これでいい?」
「さんきゅ」

 環の署名と捺印を確認した啓五が、不備のないようチェックして頷く。

 契約の瞬間。協定への調印。こうやって見ていると、取引先とのやり取りみたいだと思う。頭の中の副社長イメージと啓五の姿が重なって、なんか重役っぽいな、と浅い感想を抱いてしまう。

 その契約の当事者が自分であることを唐突に思い出して、ハッと我に返った。
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