スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない

 会社と言う組織を社員の目から見れば、副社長というのは雲の上の存在だ。本来は本人に向かって批判や文句などを言っていい相手ではないだろう。

 なのに陽芽子の部下たちは物怖じもせず、無礼も省みず、本人に向かってポンポンと暴言を投げつける。

「お話し中、申し訳ございません」

 轟々と集中砲火を浴びていた啓五に助け舟を出したのは、意外な人物だった。声のした方へ顔を向けると、カウンターの中にいたシェフが涼しい笑みを浮かべて喧騒の中に割り入ってきた。

「啓くん、前に言ってたシャトーブリアン入ってるよ?」

 シェフにそう告げられた啓五が、何かを思い出したように『あぁ』と頷いた。

 どうやら啓五とシェフは顔見知りらしく、会話の内容から何かの約束をしていたことが窺えた。

 もしかしたら啓五はこの店でも常連なのかもしれない。贅沢な……と思ったところで、場の空気が変わった。

「シャトー!」
「ブリアン!」
「A5ランク!?」

 蕪木と夏田と鈴本が驚愕の顔で叫んだ。

 その後、急に静かになって啓五の顔をじいっと見つめる。視線を受けた啓五も、彼らをじっと見つめ返した。

「…………美味(うま)いぞ?」

 にやり、と啓五が笑った瞬間に、全員の目の色がぎらりと変わった。

 そのまま俊敏な動作で元の席に腰を落ち着け、直前までの暴言を引っ込め、急に『いい子』に戻る。

「副社長、最高!」
「さすが室長の素敵な旦那様!!」
「一生ついて行きます!!」
「ちょっ……変わり身はや! みんな餌付けされすぎでしょ!?」

 文句を言う陽芽子の言葉など誰も聞いてくれず、彼らの視線は、熱した鉄板の上に並んだ赤身肉へ釘付けになっている。

 みんな陽芽子のために怒ってくれていたはずなのに。些細な嫉妬心は自分で折り合いをつけるべきということか、それとも啓五と二人で解決すべきということか。いずれにせよ、全員の興味が鉄板の上へ移ったことを知れば陽芽子はため息を吐くしかない。

 こうして七人の部下と白雪姫を迎えにきた王子様の戦いは、最高級牛ヒレ肉の登場によりあっさりと終幕を迎えたのだった。
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