スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
「ん……ぅ」
指の動きを感じたのか、喉からと言うよりも鼻にかかったような甘ったるい声が零れた。その声は快感に啼く甘え声に似ていて、瞬間的に『まずい』と思ってしまう。主に、下半身が。
慌てて手を離すと、陽芽子はまた眠りの世界に戻っていった。今度は寝息も聞こえなくなり、本当に静かになってしまう。その表情は安らかで、彼女がまだ現実世界に戻ってくるつもりがないとわかる。
不意に悪戯心が芽生える。というより、早く構って欲しい気持ちだろうか。早くその目を開けて、微笑んで欲しい。名前を呼んで欲しい。
腕は動かさず、顔だけ近付けてそっと口付ける。ほんの少し唇が触れ合うだけの、乾いたキス。
陽芽子の香りが鼻先を掠める。洗練された瑞々しい花とふんわりと甘いバニラが混ざったような香りは、寝る前に香水をつけたのだろうかと思うほど。陽芽子はいつも、いい匂いがする。
その香りを知るためにもっと強く抱きしめたいから、やっぱり早く起きて欲しいような。それとももう少しゆっくり眠っていて欲しいような。
「ひーめこ?」
寝ている彼女には聞こえないぐらいに小さな声で名前を呼ぶ。そして二度目のキスをする。
けれどやっぱり、陽芽子は起きない。
まだ眠りの世界に沈んだまま。
未だ目覚めないお姫様の寝顔を眺めて、その理由を考える。
もしかして、唇が濡れていないと、キスをした感覚がないのかもしれない。唇に触れられていることに気が付けば、陽芽子も起きてくれる? なんて。
ぺろりと自分の唇を舐めて、三度目のキス。濡れているのは啓五の唇だけだが、これで少しは感覚があるはず。今度はふに、と明確に触れる。それだけで自分の身体の方が反応してしまう。
勝手に口付けて勝手に反応するなんて、陽芽子に知られたら引かれてしまう気がするから、一刻も早く起きて欲しいのに。
わずかな刺激で起きるかと思ったが、啓五が身体を起こしても陽芽子はまだ目覚めない。