スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
番外編
Story1:スノーホワイト誘拐事件
ふかふかの背もたれと、立ち上がりやすいよう適度な硬さのある座面と、良質な革の肌触り。その立派なソファに浅く腰掛けた陽芽子の前で、言いたいことを言って一方的に通話を切った男。
一ノ宮 怜四。陽芽子が務めるクラルス・ルーナ社の社長で、婚約者である一ノ宮 啓五の叔父にあたる人物。
「ほい、陽芽ちゃん。これ返すわ」
「あ、はい……」
陽芽子が気の抜けた返事をすると、怜四が楽しげな笑みを浮かべて頷いた。
その表情にどう反応すればいいのかと考えつつ、手元に戻ってきたスマートフォンを両手で受け取る。それをバッグの中へ仕舞っている間に、陽芽子の目の前にはコーヒーとスイーツが用意された。
深煎り豆の香りが漂うブラックコーヒーと、しっとり生地に濃厚なガナッシュを組み合わせたマカロン・ムー。
どちらもルーナグループの一つであるヴェルス・ルーナ社で取り扱っている輸入食品である。特にこのショコラマカロンは、関連会社の社員である陽芽子でも入手困難なほど人気のある商品だ。
怜四の第一秘書である大塚が、テーブルの上にコーヒーカップとデザートプレートを並べると、陽芽子に向かって頭を下げた。そして隣の部屋へ静かに退出していく。
年配の女性秘書は物腰は柔らかいが仕事は正確だと評判で、あまりに自由すぎる社長の手綱を彼女が握っていると囁かれるほどだ。
大塚秘書は陽芽子に『社長のわがままにお付き合いさせてしまい、大変申し訳ございません』と同情の言葉をかけてくれた。
何も悪くない大塚秘書にしおらしく謝罪されては、陽芽子も彼女を責めることは出来ない。とは言え怜四を責めることも出来ない。なんせ相手は、社長だ。
「大事なお嫁ちゃんを放置するなんて、啓五も気の利かない男だよなぁ」
「あ……あの……」
「あ、陽芽ちゃんは適当に寛いでていーぞ。そのうち啓五が迎えに来るから」