スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない

 悲しかったわけじゃない。苦しかったわけじゃない。努力をしてきたのも辛い思いをしてきたのも、啓五であって陽芽子じゃない。それを分かってあげられなかった、なんておこがましい事を考えたわけじゃない。

 ただ、啓五がすごいと思えた。自分に悪意を向ける大人に負けないことが、小さな子どもにとってはどれほど困難なことかなんて、陽芽子には想像も出来ない。

 それでも啓五は、一度も負けなかった。何事にも一生懸命で、努力を惜しまない。自分が欲しいと思ったものは絶対に諦めない。仕事も、恋愛も。

 以前聞いた『一ノ宮のトップの座』も、啓五ならいつかは手に出来る気がする。その未来を唐突に見つけた気がして、その時啓五を一番最初に褒めるのが自分であると思えたら、それが妙にくすぐったくて嬉しかった。何故か勝手に、涙が出てきてしまった。

 どう表現していいのかわからない気持ちを味わっていると、扉の向こうから誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。

 部屋の前までやってきた忙しない足音の主は、ノックもせずに扉をバンと押し開ける。そして不機嫌なオーラを放って社長室に乗り込んで来る。

「よく俺が犯人だとわかったな」
「わかるに決まってるだろ。社長室に来いって恐喝しといて相手があんたじゃなかったら、本格的に事件だからな」
「おう、それもそうだ。けど早かったなぁ。もう終わったのか?」
「終わらせたんだよ!」

 納得したように頷く怜四を放置して、啓五がソファへ駆け寄ってくる。陽芽子の傍でしゃがんだ啓五はホッとしたようにため息をついたが、陽芽子と視線を合わせた瞬間ぎょっとした様子で目を見開いた。

「ひめ……? え、泣いてんの?」
「ううん……」
「おい、陽芽子に何したんだ!?」
「ち、ちがうの! 社長に何かされたわけじゃなくて!」
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