スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
Story2:王子様は見せつけたい(啓五視点)
「副社長、販促部からデータ上がって来ました」
鳴海に声を掛けられたので、画面から視線を外して顔を上げる。秘書としては実に有能な彼女の報告を受け、啓五も短く頷いてその場に立ち上がった。
「午後の会議の資料と合わせて落としてくれるか? 明日、移動中にチェックするから」
「はい」
簡潔なやりとりの末に副社長のデスクを譲って、鳴海と場所を交代する。
別端末にデータを移行する作業なら、隣接する秘書執務室でも行える。だが啓五が専用に使っているタブレット端末を持ち運ぶ手間を考えると、ここで作業した方が早いだろう。そう思うと同時に、ドアをノックする音が室内に響いた。
「失礼します」
返答するとすぐに入室してきたのは、啓五の愛しい婚約者。副社長室に来て欲しいと連絡を入れてから約十分。仕事が終わる頃合いを見計らってメッセージを入れたが、丁度良いタイミングだったようだ。
「陽芽子」
作業中の鳴海を放置して入室してきた陽芽子に手招きすると、怪訝な顔をされてしまう。
「副社長。ここ会社ですよ」
「仕事終わったならいいだろ」
暗に『名前で呼ばないで』と言われてしまうが、その文句はさっさと退ける。
啓五が陽芽子と婚約したことを社内に公表してからまだ一週間ほどしか経っていないこともあり、陽芽子は会社内で啓五と接触したがらない。そのせいか、突然呼び出されて下の名前で呼ばれたことに困惑しているようだった。
「私は終わりましたが、副社長は終わってないのでしょう?」
「俺も終わってる。いま鳴海の作業待ち」
啓五が自分の秘書の名前を出すと、目の前の陽芽子も、背後の鳴海もびくりと緊張したのが気配でわかった。その空気の変化に内心で『それもそうか』と納得する。
陽芽子は鳴海と顔を合わせたくはなかっただろう。もちろん鳴海も、陽芽子に会えば気まずい思いをするはずだ。