スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない

 例のごとく新年度の挨拶をさらっと済ませると、続いて新しく就任するという副社長と立ち位置を交代する。

 陽芽子は登壇する新副社長の後ろ姿を遠い場所から眺めて、ひとりで微笑ましい気分になった。事前に聞いていた通り新副社長はまだ若い年齢らしい。若々しさだけではなく、初々しささえ感じられる。

 微笑ましい。
 なんて思ったのはほんの数秒だけ。

「えっ」

 登壇して振り返った新副社長の顔を確認した瞬間、陽芽子の口から驚きの声が漏れた。

 そのまま悲鳴を上げそうになって、慌てて自分の口をパッと押さえる。それとほぼ同時に心臓がどきどきと大きな音を立てはじめた。

 ―――え。まさか……
 いやいや……だって……
 何? ―――ド、ドッキリ?

 誰が陽芽子を脅かせて得をすると言うのだろう。わかってはいるのに、口元を押さえたままどこかにカメラがあるのではないかと視線を彷徨わせてしまう。ありもしない事を考えてしまうのも、無理はない。

 登壇して振り返った人物は、確かに見たことがある顔。発した声と名前は確かに聞き覚えのある音。

「本日よりクラルス・ルーナ社の代表取締役副社長に就任しました、一ノ宮 啓五(いちのみや けいご)です」

 丁寧な口調でマイク越しに告げられた言葉に、陽芽子の全身からサッと血の気が引いた。

 ケイゴ。

 三日前の金曜の夜、恋に破れて失意の底にいた陽芽子を慰めてくれた人。鋭い瞳と低い声とは裏腹に、優しい言葉と丁寧な指遣いで陽芽子のひび割れた心を潤してくれた人。もう会うこともないと思っていた、一夜の相手。その人と似た姿で、偶然にも同じ名前。
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