スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
いや、違う。偶然の一致じゃない。
姿が似ていて、名乗った名前がたまたま同じだった訳ではない。遠目でも見間違えるはずがない。
陽芽子はもう気が付いている。登壇して本日より副社長に就任すると述べた人が、紛れもなく陽芽子と一夜を過ごした、あの『啓五』だということに。
何故なら彼は、会員制バーのVIPルームから降りてきた。身に着けるものはオーダーメイドの、高級で上質なものだった。庶民が簡単に宿泊できるとは思えない高級ホテルをごく当たり前のように利用していた。ルーナ・グループ全社の経営を己の一族のみで行う『一ノ宮』の者に共通する特徴と同じく、名前に漢数字が含まれていた。
酔っていてすっかり流していたかすかな違和感と、登壇して挨拶を述べている人物の姿が、ぴたりと重なる。一夜の相手と新しく就任した副社長が同一人物だと、唐突に理解する。
「……っ!」
確信した瞬間、心臓が奇妙な音を立て始めた。そのままどこまでも転がっていく爆音が周囲に漏れ出ないよう、ブラウスの上からギュウっと胸を押さえる。
けれどその程度では驚きは収まらない。むしろ時間の経過とともにどんどん現実が明瞭になってきて、余計に焦ってしまう。思わずヨロリと後退する。
偶然が、怖い。
「どしたの、白木ちゃん」
「白木さん? 具合悪いの?」
野坂と澤本にこそこそと話しかけられ、慌ててぶんぶんと首を振る。
始業時間前から変な汗をかいている感覚と、やってしまった……という先には立たない後悔を覚えながら、陽芽子はひとり思う。
人生には落とし穴ある。現実世界には優しくてえっちが上手な御曹司は存在するが、神様なんてものは存在しないらしい。