スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
ふう、と息を吐いて、やってきたエレベーターに乗り込む。コールセンターがあるのは社員食堂階の三つ上階なので、健康のためには歩いた方がいいと思う。けれどこの後も仕事で体力と神経を使うのだから、多少は楽をしたって許されるはずだ。
そんな事を考えながら目的階のボタンを押した瞬間、何故か閉じかけていた扉が再び広く開いた。
あれ? と思って顔を上げる。
どうやら閉まる直前に、誰かが外からボタンを押したらしい。他に乗り込む人がいるとは思っていなかったので、慌てて『開』ボタンを押す。
「!!」
開いた扉の向こうから乗り込んできた人物の姿を認めた瞬間、陽芽子は自分の心臓が停止したと錯覚した。
どうか会いませんように! と願っていた人物の突然の登場に顔を隠す間もなく、エレベーターからさり気なさを装って出ることも出来ず―――そもそもそんな発想を持つことも出来ず、しっかりと目を合わせてしまった。
同じ会社に所属していることを知られたくなかった相手。一ノ宮啓五の、黒い瞳と。
「えっ」
目が合った瞬間、目をまん丸にした啓五が驚きの声を発した。
最初は小さな声で。
そして数度瞬きをした後、今度は明確にその名前を口にされる。
「陽芽子!?」
驚愕の反応は当然だった。陽芽子は今朝の朝礼で啓五の存在を知っていたが、啓五は陽芽子がクラルス・ルーナ社の社員であることを今この瞬間まで知らなかったのだ。
あわよくば存在ごと忘れていて欲しいと思っていた陽芽子の願望は空しく、啓五の記憶には名前までしっかり残っていたようだ。
三白眼どころか四白眼なのではないかと思うほど、その瞳が大きく見開かれる。
「なんでここにいんの!?」
エレベーターに乗り込んできた時の啓五の表情は、初日で疲れているのか疲労感が浮かんでいた。けれど陽芽子に会ったことがよほど意外だったのか、啓五の態度はわかりやすく変化した。