スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない

お呼び出しの罠


 わかっている。ただ一ノ宮の家に生まれてきただけでは、副社長の地位にまで上り詰められるわけがない。

 啓五は己の野心を体現するために努力を重ねてきたから、こうして経営陣に名を連ねているのだろう。わかってはいるが、それにしても仕事が早すぎると思うのだ。

 啓五も就任初日で忙しいはずなのに、すでに陽芽子の所属部署まで調べがついたらしい。今日は早く帰ろうと光の速さで残業を終わらせたのに、作業終了とほぼ同時に内線を受けた。召喚の呪文は一方的に告げられ、陽芽子が返事をする前に電話は切られた。
 逃げられる隙など一ミリもなく。

「遅い」
「申し訳ございません」

 呼び出された副社長室に入ると、開口一番文句を言われた。反射的に謝罪を口にして頭を下げる陽芽子の様子を確認した啓五は、控えていた秘書に奥の部屋へ下がるよう命じた。

 鳴海は頭を下げて指示に従ったが、顔を上げて目が合った陽芽子の事はしっかりと睨み付けてから退出していった。……怖い。

「白木陽芽子、三十二歳。クラルス・ルーナ社コールセンター内お客様相談室、室長」

 鳴海の後ろ姿を見届けた啓五が、陽芽子の個人情報を淡々と並べ始めた。名字も、年齢も、所属部署も、肩書も、彼にはすでに丸裸同然だ。

 あつらえられた立派な椅子から立ち上がった啓五が、革靴を鳴らして陽芽子にゆっくりと近付いて来る。活動停止状態の頭を使って返答の台詞を考えるが、あいにくなんにも出てこない。これが仕事だったら、せめて相槌ぐらいは発することが出来るのに。

「しかも『死なない白雪姫』とか『魔女』とか言われてんの?」
「……」

 啓五の唇から笑みが零れる様子を見上げて、そのまま言葉を失う。

 一体どこまで調べたのだろう。彼はデータとして記録されている個人情報以上に、陽芽子を取り巻く現況をしっかり把握している。
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