スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
「ってか、なんで敬語?」
しかし直前まで考えていた内容はどうでもいい事だと判断したらしい。啓五にはそれよりも大事なことがあるようで、少し考えた後で
「俺の名前、もう忘れた?」
と顔を覗き込まれた。
距離が縮んだことに驚いているうちに、次は手首を掴まれる。逃がさないとでも言うように。
「あの、副社長……」
「陽芽子。名前で呼んで」
痛みを感じたわけではない。けれどこれ以上近付くことが危険だというのは、本能で知っている。だから陽芽子は、啓五の要望に対して静かに首を振った。
「申し訳ございません。その要望はお受け致しかねます」
「いや……俺、客じゃねーんだけど?」
啓五が呆れた声を出す。けれど冷静になろうとすればするほど、電話応対のときと同じ口調になってしまう。
その事務的な態度に壁を感じると言われてフラれた経験もあるのに、感情を抑えようとすればするほど、堅苦しい言葉ばかりが出てきてしまう。自分でもこれが職業病であることには、気が付いている。
「さっきも、なんで無視した?」
「え、えっと……」
「無かったことにしようとしてんの?」
掴まれた手首に更に力が入る。
この手から逃げられない気配を、ひしひしと感じ取る。
「いち社員と副社長の間に、特別な関係があると勘違いされては困りますので」
だから首を振りながら、問いかけそのものを否定する。さらに身体の距離を置こうとして腕を動かすと、何か面白くない事でも起きたように啓五の眉間に皺が寄った。
丁寧に断ったつもりだったが、断り方を間違えたのかもしれない。ふ、と笑みを浮かべた啓五が、急に耳の傍へ顔を近付けてきた。
「なら勘違いじゃなくて、本当に特別な関係があればいい?」
「!?」