スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
大好きなお酒を味わっていると、ふいに背後から、コン、コン、コン、と高い音が聞こえてきた。
カクテルグラスから唇を離して顔を上げると、目の前にいる環の視線が陽芽子の頭上を通過してその後ろへ向けられていることがわかった。環が見つめる先を目で追い、陽芽子もバーチェアを回して後方へ振り返る。
店内の中央でひときわ存在感を放つ、光沢と造形が美しい黒の螺旋階段。上階へと続くその細い通路から、革靴の踵を響かせながら一人の男性が降りてきた。
「はー……だる……。じいさん、話長いんだっての」
なんて。陽芽子と同じく、愚痴とため息を吐きながら。
会員制バー『IMPERIAL』は入り口から入ってすぐのカウンター席の他に、奥にはテーブル席がある。そして環に話を聞いただけで立ち入ったことはないが、テーブル席とは別にVIP専用の広い個室が存在するらしい。
だから階段の上にはきっとそのVIP専用個室があるのだろう。そんな認識はしていたが、実際にその階段を行き来している人を見るのは初めてだ。
ここが会員制のバーであったことを急に思い出して、ついつい身体が硬直してしまう。危ない自由業の人が出てきたらどうしようと身構えつつ、至近距離までやってきた人物からそっと視線を外した。
「啓」
「たま。なんかスッキリしたいもん飲みたい」
声を掛けられた男性は、環と顔見知り以上の面識があるらしい。雑な注文にも関わらず、環は文句も言わずにコリンズグラスを手に取った。
陽芽子も近くに立つ男性の姿をちらりと見上げる。その横顔を確認した瞬間、少しだけ驚いた。
(若い……)
隣に立った男性は、危ない自由業の人には見えなかった。むしろモデルかアイドルではないかと思うほどの美男子だ。
薄暗い照明の中でも良くわかる、細い輪郭の中に配置された薄い唇と整った鼻筋。目尻が上がったきれいな眼。ソフトテイラリングの仕立ての良いスーツ。無地のボルドーのネクタイと、ゴールドのネクタイピン。
一見するとその辺にいるビジネスマン風。けれどよく観察すれば、身に着けているものの品質の良さに気が付く。
ジャケットもシャツもスラックスも彼の身体のラインにキレイに合っていて、肩や脇腹にはゆるみも皺もない。ダークネイビーのスーツも、鋭利な印象の顔立ちをさらに引き立たせている。