スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない

グラスの底の憂鬱(啓五視点)


「はー……」

 ため息が止まらない。
 ここ数週間、ずっと同じ事で悩んでいる。

 啓五が副社長として就任したクラルス・ルーナ社での仕事はおおよそ順調と言えた。配属された秘書たちはなかなか優秀で、何をするにも円滑に事が運ぶ。

 就任からひと月にも満たない今の時期ならば、方々への挨拶と雑務に追われて寝る暇もないほどの忙しさを想像していた。だが意外にも、プライベートの時間を確保できるほどの余裕はある。週末、行きつけのバーに足を運べる程度には。

「なんだ、元気ないな?」

 けれど心にはあまり余裕がない。目の前にやってきて声を掛けてきたバーテンダーと目を合わせたが、またすぐにカクテルグラスの中へ視線を戻す。マティーニの底に沈むオリーブの実は、啓五の憂鬱な心情を表すようだ。

「なぁ、たま。陽芽子っていつここに来んの?」
「ん? 陽芽ちゃん?」

 心に余裕のない理由。
 元気がない原因。

 白木陽芽子。啓五が副社長に就任したクラルス・ルーナ社のコールセンターに勤務する、三つ年上の可愛らしい女性。

「あれから全然、会わねーから」

 啓五はひと月ほど前、そうとは知らずに陽芽子と一夜を共にした。恋人にフラれて自信を喪失していた彼女に『慰め』という大義名分をぶら下げ、軽い気持ちでベッドへ誘った。けれどその軽い気持は、すぐに何処かへ消えていった。

 弱さを見せまいと振る舞う健気な姿も、快楽に流されまいと押し殺した声も、だんだんと官能に溺れていく身体や表情の変化も、何もかもが可愛くて啓五の好みだった。それだけで自分に振り向かせたいと思うほど惹かれていたのに。

 陽芽子は啓五の『眼』を褒めた。ほんのりと頬を染めながら『きれいでかっこいい』と呟いた。そのときの小さな衝撃は、今も忘れていない。
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