スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない

「……火曜日だったのか」

 啓五がほっとしたように息を吐く。陽芽子は『なんの話?』と首を傾けたが、環には笑って誤魔化された。

「たま。俺、ジントニックで」

 そう言いながら陽芽子の隣に腰かけてきた啓五に、陽芽子は静かに硬直した。

 これは、だめな流れだ。
 今までこのバーで会社の人に遭遇したことはないが、いち社員と副社長が隣り合って座っている状況を目撃されて良いことなど何もない。

 ちょうど、陽芽子の飲んでいたレッド・サングリアも空になったところだ。

「じゃ、たまちゃん。私、帰るから」
「は?」

 バーチェアから降りて薄手のコートを手に取った瞬間、啓五が不機嫌な声を出した。驚いた声に反応して顔を上げると、眉間に皺を寄せた啓五と目が合った。

「なんで帰んの? 俺が来たから?」
「あ、いえ……そういう訳では……」

 慌てて視線を逸らす。陽芽子としてはトラブルを回避するために関わりたくないのが本音だが『そうです』と認める訳にも行かない。

 明言できず、けれど次の言葉を探し出すことも出来ずにいると、啓五がムッとした声を出した。

「せっかく会ったんだから、少しぐらい付き合ってくれてもいいだろ」
「………わかりました」

 持ち上げたばかりのコートとバッグを元の席に下ろし、しぶしぶと座り直す。

 ここで断ったからと言っていきなり職を失うことはないと思うが、相手は自社の副社長だ。お酒に付き合ってほしいと言われて、理由もないのに無下にすることはためらわれる。

 まして一度食事の誘いを断り、その際にここで会う可能性はあると言ってお茶を濁したのだ。再度逃げたことで、再び副社長室に呼ばれては避けようとした意味がない。

「たまちゃん。私、ベリーニ」

 啓五の目の前にジントニックを用意した環に、次のオーダーを告げる。その言葉を聞いた途端、啓五の動きがぴたりと停止した。
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