スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない

 案の定、啓五には結婚願望などないらしい。仮にあったとしても、無駄に整った外見からも、遊び慣れた様子からも、相手に不自由がない事は容易に想像できる。その気になれば、結婚なんていつでも出来るのだろう。恋愛で失敗してばかりの陽芽子とは違って。

「条件は?」
「え?」
「陽芽子が結婚相手に求める条件」

 ため息の直前で、啓五に顔を覗き込まれた。

 はっとして視線を合わせると、カウンターの上に肘をついた啓五は、怒ったような顔をしていた。その必死な表情の意味がわからず、つい言葉に詰まって視線を逸らしてしまう。

「地位と財力と若さならそれなりにある。あとは何が足りない?」
「え……っと?」

 黒いバーカウンターの木目にベリーニのピンク色が映えている。その鮮やかな色を見つめながら、陽芽子は最適な答えを必死に検索した。

「啓」

 困り果てていると、正面から環が声を掛けてきた。二人同時に視線を向けると、環がフッと笑みを浮かべる。

「出禁にするぞ」
「何でだよ!?」

 きっぱりと宣言された啓五が、ガタッと音を立ててバーチェアから立ち上がった。そして『まだ誘ってねーだろ』『横暴すぎる』と環に向かって文句を言っている。

 その様子を眺めた陽芽子は、ブラウスの上から自分の胸をぎゅっと抑えた。

(びっくり、した)

 ベッドに誘われたわけではない。
 明確に愛の言葉を囁かれたわけでもない。

 けれど鋭い瞳の奥に、あの日と同じ色が宿っていることに気が付いてしまう。陽芽子が本腰を入れて結婚相手を探し始めたことを面白くないとでも言うように。

(いやいや……)

 啓五にとって陽芽子は恋愛の対象外のはずだ。それは陽芽子にとっても同じで、啓五は恋愛対象にはならない。

 副社長という雲の上の存在で、結婚願望のない、年下の男性。―――啓五にだけは、絶対に恋に落ちない。

 だから冗談はやめてほしい。
 陽芽子は、自分だけに本気で好きになってくれる人を探しているのだから。
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