スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
冷たい印象を受けるほどまで声のトーンが落ちたことに気が付き、慌てて口を噤む。
陽芽子がそうであるように、啓五にとっても今はプライベートの時間だ。役職で呼ばれることは不快に感じるのかもしれない。
それに個人情報にも関わる。会話を聞いた他の客に、啓五が『副社長』であることが知られてしまうとトラブルの原因になる可能性がある。自分の思慮の浅さを恥じて素直に
「申し訳ありません」
と頭を下げた瞬間、
「俺の方が年下だから、敬語もダメ」
と悪戯っぽい声が落ちてきた。
思考が停止した頭を持ち上げて懸命に言葉の意味を考えたが、結局理解できずに『は?』と間抜けな声が出た。
「最初のときみたいに接して」
「いえ、それは……」
唐突に突き付けられた無茶な要求に、ついたじろいでしまう。
最初というのは、啓五の正体を知らずに軽い口調で話し、下の名前に『くん』を付けて呼んでいたときのことだ。啓五は陽芽子に、あの夜のように接してほしいと要求してくる。
けれどそれは無理な話だ。彼が自社の副社長だと知ってしまった以上、軽い口調で話しかけることは出来ないし、下の名前を馴れ馴れしく呼ぶことも出来ない。
ルーナ・グループに名を連ねる経営陣はほぼ全員の名字が『一ノ宮』なので、名字で呼ぶこともややこしい。となると下の名前に役職をつけるのが最も間違いのない呼び方なのだが、啓五は役職では呼ぶなという。
「じゃなきゃ、白雪姫って呼ぶけど?」
「!?」
難しい要求に頭を抱えていると、何故かさらなる制限が加えられてしまう。唖然として啓五の顔を見上げても、彼は笑顔を浮かべるのみ。