スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
聞きなれない女性の声に驚いて振り返ると、陽芽子のすぐ後ろに副社長秘書の鳴海が立っていた。話に夢中になっていた陽芽子は、いつの間に彼女がコールセンターへ入室してきたのか全くわからなかった。
いや、それよりも。
「お越し頂きありがとうございます、副社長」
「こちらこそ、時間をとらせて申し訳ない」
突然の一ノ宮啓五副社長の登場で、その場に小さなざわめきが起こった。
電話応対中の数名を除く、コールセンター内にいた全員の視線が啓五の元へ集中する。だが本人に気にした様子は一切なかった。
「白木。副社長就任に伴う問い合わせの件だ」
「あ、はい。先日の報告書ですね」
春岡に促され、陽芽子も啓五がここに来た理由を思い出した。
経営陣の入れ替わりが激しいルーナ・グループでは、トップマネジメントの入れ替わりを逐一メディアに報告していない。それにも関わらず、一体どこから情報を手に入れるのか『新しい経営者はどんな人ですか』とお客様相談室に確認をしてくる人が一定数存在する。中には一般人を装った競合会社の調査もあるのかもしれない。
問い合わせに対する陽芽子たちの対応は常に同じだ。公式ホームページに記載がある範囲の情報のみを伝える。それ以上は伝えようがないし、大抵はそれで納得してくれる。
まぁ、わざわざお客様相談室に電話をしてまで内情を聞いてくる人は、よほど我が社のファンか、もしくは相当暇なのだろう。
と思うことにしている。
「こちらが副社長の就任に関する問い合わせ報告書と受電記録で、もう一つは応対時の音声データです。報告書は共有にもデータがありますので、もしバックアップが必要でしたらそちらからお願いします」
「ありがとうございます」
陽芽子が書類と記録メモリを差し出すと、すぐに鳴海が受け取ってくれた。そのままお互いに軽く会釈をするが、一瞬だけ目が合った鳴海の瞳は冷酷なほどに愛想がなかった。
彼女の冷たい眼から視線を逸らすと、今度は啓五に声を掛けられた。