スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
「白雪姫……久しぶりに聞きますね」
誰にも気付かれないように啓五を睨んでいると、隣にいた春岡が急に笑い出した。
今でこそ『毒りんごで死なない白雪姫』だとか『お客様相談室の魔女』だとか呼ばれているが、入社したばかりの頃の陽芽子は、一部の社員に『白雪姫』と呼ばれていた。春岡自身が陽芽子をそう呼んだことはないはずだが、呼ばれていた事自体は知っているのだろう。
上司まで余計な事を言い出すのではないかとハラハラしていると、春岡が再び陽芽子を褒めた。
「でも王子様に迎えに来られたら困りますよ。白木がいなくなったら、ここの業務は崩壊してしまいますから」
啓五を介した不意の褒め言葉に、陽芽子は数秒停止した後でそっと照れた。
お客様相談室長だった春岡が課長に昇格すると同時に、当時主任だった陽芽子が次の室長へ昇格した。
あれから早三年。正社員であることと経験年数だけで昇格したとばかり思っていた陽芽子は、上司の賛辞を今この瞬間初めて耳にした。
「課長にそのようなご評価を頂けるとは光栄です」
「なんだ、いつも褒めてるじゃないか」
「えぇ? 褒められたのなんて初めてですよ」
「そうだったか?」
思いがけない褒め言葉に照れて俯くと、傍にいた啓五の手がピクリと動いたことに気が付いた。そのまま顔を上げてみると、啓五が春岡の顔をじっと睨んでいた。
(え……お、怒ってるの?)
鋭い視線を至近距離で見つけた陽芽子は、その場で氷のように固まってしまった。ただでさえ目力の強い啓五の視線に、さらに冷たい色が含まれている。
今の話のどこに怒るポイントがあるのだろう。確かに少し脱線してしまったけれど、啓五が視察を兼ねてここに来たのなら、それも含めての現場の今の状況だと思うのに。
「では、我々はこれで失礼します」
「ご足労頂きありがとうございます」
不機嫌に踵を返したことも、眉間に皺が寄っていることも、他の者にはわからないだろう。