スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
けれどそれが『恋人』のうちは不安定な状態だ。本人たちや周囲の人だけではなく、法律にも認められる『家族』の関係にならなければ、安らかさや癒しは簡単に崩壊してしまう。その現実をつい一週間ほど前に味わったばかりだから、余計に身に染みる。
「他の人じゃなくて、私だけに向けてくれる愛情が欲しいから……かな」
酒に酔った勢いで言ってしまう。もちろん両親を安心させたいとか、女性の身体には出産のタイムリミットがあるとか、知人に気を遣われるとか、自分の感情以外の理由もある。
でもそれよりも、陽芽子自身が愛情を欲している。ただ自分だけに、他とは違う特別な感情を向けてくれる人が欲しい。それも一時的なものではなくて、永遠のものを。
陽芽子は何でも出来るから、って。俺がいなくても平気だろ、って。一緒にいるとプレッシャー感じる、って。そんな一方的な理由を押しつけて離れて行かない人。本当は全然完璧じゃない自分を好きになって、大事にしてくれる人。
「でも私、可愛げないから……。きっと無理なんだろうなって……わかってる、の」
「……陽芽子?」
ほろり、と。
自分でもよくわからない涙が静かに零れ落ちた。
頭のどこかでは馬鹿みたいな理由だと気付いている。泣くほどのことではないと理解している。相手が自分だけに愛情を向けてくれない原因が、強がってばかりで可愛げがないからだと知っている。
それでも涙を止められないのは、お酒に酔っているから。
そういうことにしておいて。
今だけ。
無言で涙を流し続ける間、啓五と環は陽芽子をそのまま放置してくれた。離れた席でマスターと話をしている別の客と、低音で流れるジャズの音だけが遠くに聞こえている。たまに啓五がグラスの中身を飲む音も。
「陽芽子」
十五分ほどの時間が経過した頃、啓五に名前を呼ばれてはっと顔を上げた。まだ涙が出てくるんじゃないかと思ったが、彼の瞳と見つめ合った瞬間、不思議と涙は引っ込んだ。
「泣き止んだ?」
「……うん」
鋭い印象の瞳がやわらかく微笑むので、陽芽子も素直に顎を引いた。