スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
特に何かを言われたわけではない。けれど少しの時間放置してもらって好きに泣いたせいか、何故かすごくスッキリした。
ずっと我慢していた感情をちゃんと表に出したから、吹っ切れたのかもしれない。人前で泣くなんて恥ずかしいと思うけれど、負の感情を放出することは案外大切な事なのだと気付く。
環が用意しておいてくれたティッシュで涙と鼻水を拭いていると、隣に座っていた啓五の手が伸びてきた。長い指が陽芽子の髪にゆっくりと触れる。
「心配しなくても、陽芽子は可愛いよ?」
「え……な、何?」
「それに綺麗だし」
指先が髪の上から頬を撫でる。その急な触れ合いに驚くことも身を引くことも出来ないまま硬直していると、啓五がにこりと微笑んだ。
「浮気されて、失恋して、自信なくしたんだろうけど。……大丈夫、陽芽子は綺麗で可愛いから」
そして見つめ合ったまま、陽芽子の外見を褒めてくれる。つい一週間ほど前まで半年も付き合っていた恋人がいたにもかかわらず、褒め言葉を聞くのはかなり久しぶりだ。
思わず照れる。臆面もなく人前で他人を褒める啓五に驚き、その手から逃れようと身体を揺らす。
「あり、がとう」
恥ずかしさから小さな声でお礼を言うと、啓五がカウンターに肘を付いた。そのまま顔を覗き込まれ、ふたりの身体がさらに近付く。
距離が近いよ、なんて指摘するよりも、啓五の艶のある誘惑の方が早かった。
「試してみる?」
切れ長の眼をさらに細め、口の端を上げて熱を含んだように笑う表情と言葉の意味が、咄嗟には理解できなかった。
「え、と……何を?」
「俺と、してみる?」
人懐こい仔犬のように首を傾げられて、陽芽子は今度こそ本当に驚いた。
ビタミンカラーのカクテルの中に、啓五の突然の誘い文句がとけていく。何かの冗談なのかと思った陽芽子は、ついぱちぱちと瞬きをしてしまう。
けれど聞き間違いかと思った啓五の誘惑は、間違いでも嘘でも冗談でもなかった。
「早く立ち直って次の恋をするなら、自信なくしてる時間なんかないだろ?」
「そ……それは、そう、……だけど」
「男に愛されることを思い出せば、すぐに次の恋がしたくなると思うけど」