スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
怜四は喫煙者だが、彼の秘書二人には喫煙習慣がない。そのためどこかにライターを置き忘れると、束の間の一服も出来なくなってしまうらしい。さてどうしたものかと考えた結果、啓五の秘書の吉本が愛煙家であることを思い出し、ここへやって来たようだった。
「あれが鳴海か」
啓五の傍へ歩み寄って来た怜四が興味深げに頷くので、啓五は静かに首を捻った。
「知ってんの?」
「そりゃ知ってるだろ。二年前に俺の秘書になるのを拒否したヤツなんだから」
「……は?」
さらりと告げられた情報に驚き瞠目する。
秘書になるのを拒否した? ――そんな事が可能なのだろうか。
会社という組織の中では、よほど理不尽ではない限り業務命令に従う必要がある。もちろんクラルス・ルーナ社は社員を問答無用で服従させるような悪辣な企業ではないが、秘書課に所属していて秘書業務を拒否するというのはどういうことだろう。
「いや、それは別にいいんだけどな」
考え込み始めた啓五の憂いを打ち消すように、怜四がひらひらと手を振る。
そんなことより、と強制的に話を収めた怜四が、別の話題を切り出してきた。
「お前、社内恋愛中ってマジ?」
「はぁ?」
思いも寄らない質問をされて、思わず言葉が裏返る。また下らない冗談でも聞かされるのかと思って油断していたからか、驚いた拍子に椅子から転がり落ちそうになった。
「なんで知ってんの?」
「そりゃ、風の噂だろ。ま、俺もさっき耳にしたトコだけど」
啓五のデスクに寄りかかってニヤニヤ笑う叔父と数秒見つめ合い、再び深いため息を吐く。
まさか噂になっているとは思わなかった。というより、啓五と陽芽子の関係を知っている人間が社内にいるとは思わなかった。