スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
啓五と陽芽子は、会社の中では全く遭遇しない。偶然会えないかと思って廊下やエレベーターではついその姿を探してしまうが、どうやら彼女は業務開始から終了までコールセンターから出てこないらしい。
唯一昼食のときは食堂へ赴いているようだが、陽芽子が昼食を摂るのは十三時半から十四時半とかなり遅い時間のようだ。
社内で会う事はない。
だから完全に、失念していた。
「誰も知らないと思ってた。ほんと、噂ってすげーな」
最初にこの部屋に陽芽子を呼び出した時に、彼女が逃走しようと必死だった心境も、頑なに誘いに乗らなかった理由も、今なら理解できる。陽芽子は社内恋愛で噂になることが面倒くさいことだと、知っていたのだろう。
ということは、陽芽子は過去に社内恋愛の経験があるということか。それはそれで面白くない。啓五はまだスタートラインにすら立てていないのに。
つい小さな舌打ちをすると見ていた怜四に大笑いされてしまい、余計に面白くない気分を味わう。
「女子社員も多いからな。そういう話は回んの早いぞー」
「なんでだよ。社内で一緒になることなんてほとんどねぇのに」
「……ん?」
ところが怜四は、啓五の不満を聞くと不思議そうに首を傾げた。疑問の音を聞いた啓五も、つい同じ音を出してしまう。
「あ? ちょっと待て、相手は鳴海じゃないのか?」
「は?」
首を傾げた怜四の問いかけに、再び間抜けな声が出た。
……鳴海?
どうしてそこで鳴海が出てくる?
「いや、違うけど」
「……」
確かに一緒にいることは多いが、それは鳴海が啓五の秘書だからだ。業務上共にいるというだけで、もちろん付き合っているからではない。
啓五としては当たり前のことだが、怜四は怪訝な顔をする。その表情を見る限り、怜四の中では『啓五の噂の相手は鳴海』という事になっていたようだ。たぶん彼だけではなく、この噂を知る全員の中で。