スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
独特の持論を並べた啓五は、陽芽子を懐柔しようと笑顔のままでさらに踏み込んできた。
甘い夜の誘い。
その口ぶりを聞いていると、遊び慣れてるなぁ、と思ってしまう。
そんな陽芽子の驚きと呆れの表情に気付いたのか、啓五はすぐに悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「というのは建前で。本当は陽芽子が可愛いから興味を持った……って言ったらどうする?」
試すような言葉を聞いて、陽芽子は静かに息を飲んだ。
ちらりとバーカウンターの中を見ると、いつの間にか環の姿が消えている。どうやら奥のテーブル席の状況を確認するために持ち場を離れたらしい。小さな隙も見逃さずに、的確なタイミングで女性を誘う手口をズルイと思うけれど。
「……いいよ」
ポツリと呟くと、彼の提案を受け入れるように顎を引く。
もちろん啓五の言う通りにしたところで、恋愛に対する自信を取り戻せるとは思っていない。けれど陽芽子は、嘘でも冗談でも『可愛い』『綺麗』という褒め言葉が嬉しかった。もちろんそれがわかりやすい社交辞令だということには気付いていた。
それでも若さで劣るという理由であっさり恋人に捨てられた惨めな自分が、彼には受け入れられているように思えた。
初対面で一切見えない内面を褒められるより、分かりやすく外見を褒められた方が真実味があると思ったからかもしれない。なんにせよ、沈んだ気持ちがふわりと軽くなったのは紛れもない素直な感情だ。
だから今夜は、理由なんてどうでも良かった。
「酔ってる、から」
自分でそう言い訳した台詞を最後に、記憶が断片的に飛んでいる。そこからどうやってIMPERIALを出たのか、どうやって移動したのかはちゃんと覚えていない。気持ち悪さや吐き気は全くなかったから、吐き戻したりはしていないと思う。
ふわふわ、ゆらゆら、くるくる。
とけていく甘いカクテルのように。
乱れる思考と視界の中で、一度だけ啓五と視線が合ったことは覚えている。至近距離から彼の顔を見上げたときに、その眼が三白眼であることに気が付いた。