スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
「何かわかったか?」
「いえ、特には」
業務時間中には過去の音声データを聞く時間などない。だから業務終了後の静かな時間にこうして根気のいる作業を続けているが、今のところ手掛かりは掴めていなかった。
「ただ、おそらく相手は男性だと思います」
「ほう?」
「二週間ほど前の音声に、ほんの少しですが咳払いのような音が入っていました」
オペレーターの平子がマニュアル通りに電話口へ呼び掛けている合間に、ごく小さな音だが咳払いをする音声が記録されていた。平子も応対中は気付かなかったようだが、すべての音声をくまなく聞いた陽芽子はつい最近になってこの事実に気が付いた。
「どれ」
興味深いと頷いた春岡が、一番近いワークチェアをゴロゴロと引っ張り出してきて陽芽子の隣に腰を下ろした。
陽芽子のイヤホンを借りた春岡が、短いコードが届くように身体の距離をさらに近付けてくる。そのまま数回再生を繰り返すと、彼も陽芽子の意見に同意して頷いた。
「そうだな……女性の咳ではなさそうだ」
「ですよね」
やはり春岡も同じように感じるらしい。だからと言って、それが無言電話の犯人に辿り着く手掛かりになるわけではないのだが。
二人で顔を見合わせて重たい息をつくと同時に、入り口にある電子ロックの解除音が室内に響いた。
現在の時刻は二十時半を過ぎたところ。扱う情報の量と質を考慮し、原則としてコールセンターには部署に所属する者しか入ることが出来ない。しかも何かトラブルがあったときの行動管理のために、入退室はすべて電子ロックの機器を通して記録されることになっている。それがわかっていてこんな時間に戻ってくるなんて、一体誰が……
と、顔を上げた陽芽子は驚きのあまり思考が急停止してしまった。恐らく隣にいた春岡も同じだろう。
扉の向こうから現れたのは予想だにしない人物―――啓五だった。