スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
(そっか、副社長権限だと入れるんだ)
入室制限のあるこの部屋は、部長クラスの人でさえ事前許可がなければ入れない。しかし経営者である副社長の啓五は、IDカード一枚でコールセンターの入り口を通過できるらしい。
「お疲れ様です」
「お……お疲れ様です」
挨拶をした春岡に続き、陽芽子も同じ挨拶をする。丁寧に頭を下げながら突然啓五がここにきた理由を考えたが、問いかける前に啓五の方が声を発した。
「こんな時間まで、二人で何を?」
声が低い。
たまに聞くことがあるが、これは機嫌が悪い時の声だ。
つかつかと傍までやってきた啓五の顔を見上げて、やっぱり、と思う。彼の視線はただでさえ冷たい印象を受けるのに、怒っていれば凄味は倍増だ。整った顔立ちから表情が消えると『怖い』というよりも『寒い』と感じてしまう。
そんな冷ややかな視線と口調を目の当たりにした陽芽子は、ほんの少しだけ身体を横に傾けた。
(課長、まだ上には……)
(わかってる)
こそっと呟くと、春岡もすぐに頷く。
上層部にはまだ正式に報告をしていないので、啓五は陽芽子たちが現在抱えている問題を知らないはず。ここに来た意図は分からないが、まだ伏せておいて欲しいと願うと、直属の上司もその考えに同意してくれた。
「ずいぶん距離が近いな」
「ええ、通話音声の確認を」
春岡も空気を読んだのか、にこやかな笑顔を貼り付けて啓五の質問をやり過ごした。それは『こんな時間まで何を?』にも『距離が近い』にも対応しうる回答だったが、啓五の不機嫌は直ってくれなかった。
不満そうな顔をした啓五が、春岡から視線を外すと隣の陽芽子に向き直った。
「陽芽子」
そのまま下の名前を呼ばれ、陽芽子は今度こそ本当に凍り付く。