スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない
「なんで名前で呼ぶんですか!? しかもあんな言い方して!」
昨夜、プライベートで会っていたという言い方。これは半分間違っていないが、約束をして二人きりで会っていたわけではない。会った場所もバーなのに、ただ『忘れて行った』とだけ言えば、まるで啓五のプライベート空間に忘れて行ったように聞こえる。おまけに、次の約束があるような言い方までして。
「もー! 課長、絶対変な誤解したじゃないですか!」
「誤解?」
怒り心頭で啓五に詰め寄ると、逆に啓五の方が不機嫌そうな顔になる。その冷ややかな視線に、たった今まで啓五に抗議したいと思っていた気持ちが急にしゅんと萎んでしまう。
「課長と係長が、あんなに距離が近いなんておかしいだろ」
「それなら副社長と係長がこの距離なのも、おかしいです」
背筋にわずかな恐怖を感じながらも、一応文句を言ってみる。
けれどその言葉を聞いた啓五は、余計に不機嫌な顔になってしまう。
「春岡由人は既婚者だぞ」
「……え? ……そうですけど?」
「なら、あいつとは結婚できないだろ!?」
静かな怒りを纏っていた啓五が、突然吠えるような声を上げた。音量にも驚いたが、それ以上に告げられた言葉の方に驚く。
「…………はい?」
時が止まる。
意味不明な怒りの理由を理解できずに首を傾げると、コツと靴音を鳴らした啓五との距離がさらに近付いた。
「俺なら陽芽子と結婚できる」
あっという間に抱き寄せられた啓五の腕の中は、やけに温かかった。耳元で呟いた言葉にも、熱が含まれている。
腕の中で啓五の心臓の音を聞きながら、石のように固まってしまう。高い体温が移ったように陽芽子の頬もだんだんと熱くなってく。
(えー……っと?)
これは……一体どういう状況だろう。
そして陽芽子は、このあと何と言えばいいのだろうか。